どこでも噂されてんの

「……温かいと思ったら班長が握っていてくれていたのでありますか」
「生きているのか確かめたかった」
「この通り、ピンピンであります」
「ピンピンな奴は包帯ぐるぐる巻きにされて病院で寝てやしないんだよ」
「ぐぬぅ……おっしゃる通りであります」

いつもは耳を塞ぎたくなるくらいバカでかい男の声がこんなにも聴きづらい。酸素マスクのせいだろうか、それともそれくらいに弱っているという事なのか。

「今話題の辻斬りにやられたと聞いて、俺はてっきり喪服に袖をとおさないといけないかと」
「運が良かったであります……その、」
「お前の相勤者も無事だってよ」

実の所こいつの事以外警察への被害状況など俺は知らない。朝会で課長が話していたかもしれないが耳に入ってこなかった。

「お怒りで、ありますか」
「別に」
「本当に?」
「……お前がこれから言い出すことを恐れているだけだよ」
「え!?」
「警務の子に頼んで俺の経歴を覗いただろ」

包帯で巻かれていても分かる驚いた顔と、いたずらしたガキが気まずそうに大人の顔色を窺う様子。今までの癖でデコピンをしてやろうと手を額に近づけたが怪我人相手だと思い直し手を下げた。いつまでも来ない痛みに目をつぶっていたカンタロウも恐る恐る目を開ける。

「事務職員と懇意にしたけりゃ誠意より賄賂だよ。お前が経歴を見た翌日には俺の耳に入ってたぜ」
「ぐぬぅ……」
「だからこそお前が言い出すことを恐れているし、先言っておくと許可するつもりもない」
「何故でありますか」
「戦力にならない奴を吸対に推薦するつもりはない」
「ぐ……班長の顔に泥を塗るような真似はしません」
「そうじゃない」

馬鹿だな。上昇志向もない、吸対から異動後地域課で怠惰に過ごす俺が今更矜持なんて持ち合わせてるわけないだろう。そんな理由で断ってるわけじゃないのに。それが分からないらしいカンタロウは少しだけ苦しそうに呼吸を続けてこちらをまっすぐ見ている。

「……まぁ、急ぐ話でもないだろうし、養生しろよ」
「は、班長」
「ん?なんか欲しい物でもあるのか?」
「何故ダメなのかを聞いていないであります」
「意地悪でお前を吸対に推薦しないわけじゃない。ただ……」
「ただ?」

消えない傷を顔に負って、お前の家族や恋人はどう思うだろうな。ただの元上司ですら、これほど胸が痛むといのに。

「……お前に死なれたら、などと考えてしまうんだ」
「本官の死を悼んでくれますか。喪服に腕を通すだけでなく」
「悼むもなにも。きっと辛すぎて葬儀には参加出来そうにないだろうなァ」
「そんなぁ」
「知らないだろうけど俺、お前の事結構好きなんだよ」

本官もであります!とは元気な返事だ。まさか自分がそんなベタな思い違いの当事者になるとは思わなくて笑ってしまった。

「お前、逮捕術中級は取ったか?」
「はっ、一昨年くらいに」
「救急法は?」
「入校時にとった初級までであります」
「なら中級も取得しろ。そんでその後は……まぁ休職でも取って準備だな」
「準備?」
「吸対に推薦したって熨斗つけて返されたら困るだろう。俺に教えられることは叩きこんでから送るさ」
「ありがとうございます!」
「静かにしろ怪我人」

医者のいう事も聞かずトレーニングをすると医者から文句を言われ定期的に監視に行き、行けば話し相手になってほしいとなかなか帰れず──時々、明けで眠すぎて病院で寝落ちしたこともあるが、個室だからってさすがに起こせとキレたこともある──退院日が週休日であったばっかりに迎えに行かされ、休職を申請する書類のひな型を作ってやったりという献身ぶりだ。あいつ、班長が警部補だって分かってんのか?小学生の班長とはわけが違うんだぞ。


   ***

「そうはいいつつ付き合ってやってるんじゃな」
「世渡り上手な人間に捕まったんだ」
「そうは言うがお前がそこまで面倒を見る部下が今までいたか?」
「ヒヨシ先輩、さてはフラれたばっかでしょ」
「は、はぁ!?なんじゃ突然!」
「先輩がダル絡みするときは大抵女性にフラれた時だし」
「お前……先輩からの声かけをそんな風に思っていたんか…!」
「そんなポジティブに捉えられる絡みじゃないんだよなぁ」

カンタロウの異動話をアンダーでするのに喫煙所程適した場所はない。所謂タバコミュニケーションというやつだ。ライター出すのが面倒くさくてずっと火のついてない煙草を咥えていたら見ていられなくなったのかヒヨシ先輩の方から火を差し出してくれた。息を吸うたびにストレスが消えていく気がする。

「お、こっちに駆けてくるのが噂の男か?」
「そう。運動神経は悪くないし、被害者でもある以上闘志は燃えているんで使ってやってほしいです」
班長!こんなところで会えるとは奇遇でありますね!」
「だいぶ距離合ったのを詰めておいてそんな偶然を装われても」
「えっ!?いやいや、それで横の方はどなたでありますか!?」
「無礼な態度は許されないぞ。お前がこれからお世話になる吸対の偉い人だ」
「まだ引き抜くとは言っとらん」
「つれないですね。俺と先輩の仲じゃないですか」
「ひえっ」
「気色悪いこと言うな!かわいくなって出直せ!」
「確かに先輩の方が小さくて童顔で、可愛いですよね」
「ひえぇ!?」
「うるっせぇぞカンタロウなんだその合いの手は!」
「申し訳ありません!」

ふとみたヒヨシ先輩の顔がさめざめしたものになっている。やってしまったか、カンタロウの馬鹿が露見したかもしれん。引き抜いてもらえなくなる。

「えぇと……まぁ仕事に対しては真面目だし、馬鹿だけど、だからこそ使いやすいとかあるじゃないですか。だから問題ないと思います」
「そうじゃにゃあ……まぁいい。俺は自分の周りの女の子にしか興味ないからな」
「?」

呆れた顔で手を横に振られたが、まぁ気分を害したわけではなさそうだしあまり追求しないようにしよう。

「お前はいいのか?。こいつがいなくなったら寂しくなるじゃろ」
「静かでいいです。それに、本人のやりたいことが最優先ですので」
班長……」
「それもそうじゃな。なら、こいつはこっちで預かろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」


   ***

「そう言って別れたのになァ」
「ん?どうしたのでありますか班長!」
「うるさい。今の俺の境遇を憂いてたんだ」
「そんな!何を憂う事があるのでありますか!?」
「だから、なんで俺まで吸対に戻されてんだって話」
「なるほど!本官はとても嬉しく思います!」
「話が噛み合わねェ」

人の事言えないがカンタロウもこのアホらしい顔に白い騎士の制服はいまいち着られている感が否めないが、本人は微塵も気にしていないらしいところがなんとも憎めない。ぐしゃぐしゃと頭を撫でまわすと固まってしまったカンタロウを放って巡回を再開する。この辺に喫煙所あったかな。

「ハ……!班長!」
「なに」
「この間辻田さんに非礼を働いてしまったのでお詫びの品を送りたいのでありますが!」
「はいはい大好きな辻田さんね」
「ん?」
「何でもない」
「ひいてはその買い物に、ど、同行していただきたいのでありますが…!」
「あー、休みが合えば付き合うよ。辻田さんへの詫び品デート」
「デッ!!!!」
「ん?」
「なんでも、ないであります!」
「あっそう」



「なぁ、あの二人どう思う?」
「え?」
「どうみても両想いじゃろ。せっかくお膳立てしてやったのに一向に進展せん。いい加減俺の胃もたれが悪化する」
「そんなことより隊長には早く決裁を終わらせてほしいと思ってます」

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