罰と呼ぶには生ぬるく
「よぉ。山田浅ェ門どの」
「のか」
「序列一位の実力者がこんな山奥で一人鍛錬とは、流石ですねェ」
「嫌味を言いに来たのか?」
「まさか。本当に、精が出るなぁと思っただけですよ」
剣の実力なら十分でしょうと付け足しても、男は綺麗な顔を歪めて悔しそうな表情を浮かべるだけだ。
「知っているだろう。試一刀流の位は首切りの実力や次代当主としての適性で決まる。武士の剣術とはまた秤が違うんだ」
「へぇ」
「だから、純粋な打ち合いではお前にも劣る」
「ご謙遜を。俺は山田殿の刀を見ているが、勝てる自信はないねぇ」
目を閉じて首を横に振る。殺気とは違うが確かに俺を狙う気配に咄嗟に体が反応した。投げられた竹刀を掴んで振り下ろされた刀を受ける。
「いつまでその態度を続けるつもりだ?」
「一応さ、お前さんのお供が近くにいるかもしれんだろう?」
なにせ竹刀が二本用意されているんだから、と口にするのは野暮だろうか。
「気遣い無用」
「おぉ、鋭い太刀筋だ!」
口角が上がるのが抑えられない。この男との手合わせのときはいつもそうだ。隻眼とは思えぬ隙の無さ、読めた所で重く防ぎ辛い真っ直ぐな太刀筋。不意打ちも目くらましもない、純粋な刀捌き。
「あぁ、好きだなぁ……」
こんなに美しいものなど、今までの人生で見たことがない。
「ハァ…ッ…ハァ……ッ」
「ははっ!……はぁっ……楽しいなぁ」
「お前はいつも余裕そうだ」
「そんなことないさ」
お前より少し我慢強いだけさ。俺だってお前と同じように骨まで痺れているし、体力だって限界だ。見栄を張るのが上手いだけ。
「なぁ山田浅ェ門殿よ」
「生憎その名を冠したものは多くてな。誰のことを言っているやら」
「この場にゃ一人しかおらんだろう。それに名に関して言えば俺もとうの昔に伝えているはずだのだが?」
「……」
「なんてな!衛善の立場もあるだろう。少しからかっただけだ」
名前などどうでもいい。
むしろ"浪人"とはいえ、御上から信頼され重宝される山田家の者が定町廻り同心の鼻つまみ者である俺なんぞを友と呼ぶ方がおかしいのだ。
「の」
「あ?」
「左肩に怪我でも負ったのか」
今の手合わせでそれに気付いたのならやはりこの男は山田浅ェ門序列一位というのも頷ける。変な癖がついているというが前に手合わせした時のことなどよく覚えているものだ。
「怪我はきちんとした治療を受けろ。軽いものでも適切な治療を受けないと生涯治らないものになるぞ」
「隻眼のお前に言われたかねぇよ。それに医者は金をぶんだくるから好かん。この間盗人の塒に押し入った時棍棒か何かで肩を打たれたんだ。折れちゃいねぇ」
「はぁ……見せてみろ」
「いらんと言うのにっ」
着物をはだけさせた時に肩が真っ青になっていたことに気付く。どうりでいつまでも動かしづらいわけだ。
「確かに折れてはいないが、骨の位置がズレている。相当痛いのではないか?」
「痛みなど退屈さに比べれば屁でも──アダッ!?」
「よし、応急処置だがこれでいい。あのままでは骨がおかしな形で自己修復していたぞ」
「へぇ、やっぱ骨って勝手に治るんだな」
「話を逸らすんじゃない」
俺の師でもないくせに人の頭を気安く叩きよる。いつもそうだ。これではまるで友のようではないか。いやしかし知り合ってから幾年も立つからもう友と呼んでもいいのかもしれない。
「くくく…っ」
「……強く叩きすぎたか?」
「なぁ衛善よ、俺とお前の関係を友と呼ぶには烏滸がましいかな」
衛善は片方しかない鋭い目を大きく開けてまじまじと俺を見ている。
「間抜けな面」
「お、お前が急に変な事を言い出すからだ」
「変だったか。直属の上司でも師でもないが、他人とは言えんだろう。前に岡引と歩いていた時に聞かれ説明に窮した。何者でもないならいっそ他人のふりをしてくれ」
ただでさえ山田浅ェ門は目を引くのだ。街でこんな輩に挨拶なんてしたら嫌でも目立ってしまうじゃないか。
「あぁ、あの栗色の毛の青年か。彼も息災か?」
「あの岡引ね、もう俺の下を離たよ」
「……随分早いな」
「まぁそう言うな。無茶な特攻にはついて行けないと言っていた。下手に死なれるより一人の方がやりやすい」
「……」
衛善は口を一文字に結んで眉間のシワを深めた。何やら言いたい事があるらしい。お前も説教があるのかと戯けて言うと衛善はゆっくりと口を開き、息を吐いた。
「お前は、無茶ばかりする」
「それが俺の仕事だ。慎重にやっていればすぐ逃げられる」
「そうかもしれないが、お前ほど無茶なやり方をする者もいないだろう」
ここまで来てまた小言だ。ただ衛善の場合はただ叱るのは少し違う気がする。何故か俺よりもこいつの方が困ったような顔で、とつとつと言葉を紡いでいる。
「やれやれ。小言は勘弁してくれ耳にタコができそうだ。俺が嫌なのは死ぬことじゃない。悪党を目の前で取り逃すことだ。捕まえる為なら何でもするぞ」
「……」
「なぁ衛善よ、何を不服そうにするんだ」
二人しかいないのだから足を崩して座ればいいものを、衛善はいつだってしゃんとした姿勢でいる。身に付いたものなのだろうがそういった所で育ちの良さが出ているのがどのくらい本人に自覚があるのか。
「………いんだ」
「へ?」
「お前に、怪我をしてほしくないんだ」
今までにない、静かで慎重な声はたどたどしくて耳を澄ませてやっと聞こえるものだった。苦しげに眉間に皺を寄せてどこか一点を睨みつけている。なんでこの男がこんな顔をしているのか訳が分からない。
「それは友達として心配しているのか」
「……」
「おいおいなんで黙るんだよ?なぁんでお前さんが俺の安否を気にするのか不思議でなぁ?」
「煩い、もう二度と言わないからな」
「そういうなよォ。もうすぐ大捕物が始まるんだ。その前に肩の異変に気付けてよかったぜ」
「異変なんて話ではないんだが……まぁいい。とにかく気を付けていけよ」
「おぉ」
もうだいぶ日が傾いている。二人のときはつい長々と話し込んでしまうので、こんなのが続いては仕事を怠けているのがまたバレてしまう。また次の機会を楽しみに役所へ戻ろうとしたとき背後の衛善に呼ばれた。
「の」
「なんだい」
「……また、会おう」
「おぉ。またな、衛善」
***
大捕物とは名ばかりで、これは数による制圧だ。俺はその駒として呼ばれたわけだがどういうわけか気分がいい。大立ち回りで次々に役人や乱破を切り捨てていくこの男を間近で見られたことにはつい口角が上がってしまう。
あれだけ軽い身のこなしで、人間離れした技を扱い自分の思い通りに体が、相手が動くというのに白髮の男は微塵も楽しそうではない。ただ死ぬことを拒む伽藍堂の男に入れた一太刀も、かえって刀を奪わせるだけの愚行でしかなかった。
切り落とされた左手は笑えるくらい血が吹き出している。
手がないのではもう、衛善と手合わせができない。
噛みつかれた首は驚くぐらい熱を持ち次第に声も出なくなる。
喉が潰れては衛善に謝罪することもできない。
自由が効くのはこの両足くらいで、絶対に離すものがと絡めた足で動きを封じる間にまだ体の動く者たちが覆いかぶさり死物狂いの大捕物だ。
これだけ血が出ていれば、この伽藍堂に手縄がかけられる姿を見る前に俺は逝くだろう。
『……また、会おう』
どうやらそれは守れそうにない。衛善は今も上手くやっているだろうか。
御上が何やら物々しい様子で山田家を動かしていたから近いうちに重要な任を承るのだろう。そうすれば一位である衛善は確実にお役目につくはずだ。そいでまた結果出して、次期当主の座は確実になるんだろうなァ。わざとでかい花でも買ってあいつを困らせてやりたいよ。処分に困りながらもお優しい男だからきっと受け取るに違いねぇ。
あぁあ。まだ死にたくねぇなァ……
罰と呼ぶには生ぬるく
衛善、クソジジィになったお前と会えるのを楽しみにしてるよ。それまでお前の死角を守る番人でもして暇を潰そうかな。
いやしかし、何故か後ろからあいつに似た声が───
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