初対面にはならない

この学校で知らないやつはいない。
まさかそんな漫画みたいな言葉が実際に使われるとはこの高校に入るまで思いもしなかった。

「ウシジマだろ。牛島若利。もー、1日に何回その名前が出てくるんだよ」
「そんだけ有名人なんだよ!それをお前は!」
「ハイハイ知りませんでしたー!そんなに!?人を珍百景扱いしやがって!」

俺を囲む奴らは心底物珍しげに俺を指差しオーバーリアクションをとってくるが、指さされるべきは絶対俺だけじゃない。

「牛島の名前は知ってても、顔を知らない奴は他にもいるだろ」
「いねーって!!」
「中等部からエスカレーター式のお前らは朝会とかで見る機会あったかもしらんが、高校からの俺は知らなくてもおかしくはないだろ」
「いや3年も高校通ってて何で知らねぇんだよ!」

あぁ言えばこういう言う。4対1では敵うわけもなく、逃げるように廊下へ出た。5限は英語だっけ。どうせ出ても出なくても変わらないしこのまま部室に行ってしまおう。

「おい」
「は?」
「5限目が始まるぞ」
「あー……うん。うちのクラス自習だから」
「自習があるのなら戻れ」
「はは……」

いや誰こいつ。
眼力も眉毛も圧が強い。俺が階段を幾段か上っているから気付かなかったが、ものすごく背が高いっぽい。俺が愛想笑いで答えを濁したのが気に食わないのかムッとした顔の男はまだ何が言おうとその場を動かなかったが、俺の真下にあたる階段から教師が上がってきたためついに諦めた。

「他人相手に鬱陶しい親切だなぁ」

教師に見つかればそれこそ教室に戻る羽目になる。階段をあがり渡り廊下を伝って部室へと駆けた。


   ***

「ウッソだろ……」

一人そう呟いたところで答えも解決策も出てこないのは、河原にいるのが俺とアンプと、アンプを乗せたまま車輪の外れたキャリーのみだからだ。小石を挟んだのに気付かずにキャリーを引っ張ったせいで車輪は壊れて戻せそうにはない。これが5限をサボった罰だと言うならあまりに厳しすぎる……!こんな重いもん家まで運ぶのは一苦労だ。

「………」

幸い雨が降りそうな気配はない。一回家に帰って別の荷台で持ち帰るかぁ……二度手間だしダサいしやだなぁ……。地面を這う蟻を眺めて現実逃避をしていたら、ふと背後から頭上に影ができた。

「!?」

人の影だ。何者かが背後に立っている。本能的な恐怖というのか、俊敏に振り返った先にいたのは昼間見かけたあの大真面目くんだった。

「なんだアンタかよ……」
「何を立ち往生しているんだ」
「好きでやってんじゃない」

横でお陀仏になっているキャリーを指差すが、お真面目くんは少し考えたあと「運ばないのか?」と煽ってきた。まじで、何なんだよコイツ。

「うるさ、とてもじゃないが俺には重くて家まで運べんわ。10分はかかるしな」
「ふむ。なら俺が運ぼう」
「は?」
「どうせランニングを中断して話をするのだから、少しでもトレーニングにはなるだろう」
「話、別にそのままランニングを続ければいいだろ」
「迷惑ならそうする」
「迷惑というか、まぁ持ってもらえるなら俺は助かるけど、初対面で話をすることなんてあるか?」

純粋な疑問だったのだが、お真面目くんはその変わらない表情でも少しだけ面食らったような顔をして俺を見下ろした。

「なんだ、気付いていないのか」
「は?」
「俺はてっきりあの時のことがあるから冷たい態度をとっているのかと」
「冷たい態度を取ったつもりはなくもないが、俺にとってお前はあの5限前に注意されたのが初対面だと思ってる」
「そうか……」

それだけ言うとアンプケースを左手に持ち歩き始めた。俺の家を知らないくせにずんずん歩いていく背中にため息をひとつついて、俺も壊れたキャリーを抱えその横を歩く。

「俺は、お前に聞くことがある」
「はぁ。なんだ?」
「半月ほど前、ギターを壊しただろ」
「ギター?……あぁ、ベースね。なんかのボールが飛んできた時か」
「バレーボールだ」
「そうだったっけ。というかお前いたの?」
「あぁ」

俺を見下ろす目が力強さを増してるような気がする。こんな奴がいたら気付きそうなもんだけど。
まぁ突然体育館の電気が消え、電気がついたと思えばものすごい速さで飛んできたボールが俺のベースにぶち当たったのだ。周りにいた人間の顔なんか見てる場合ではなかったな。

「五色のレシーブが一瞬の暗転で乱れ、ボールが軽音部のいたステージへ飛んでいったんだ」
「あー。後輩が音響室の電気消す時に誤って体育館全体の電気まで消しちゃってな。うちのミスだし、ありゃあボールミスるのもわかるわ」
「わからない」
「は?」

本日何回目の『は?』だろうか。俺の語彙力の無さもさることながら、こいつの会話の一方通行具合もヤバい。意思疎通をする気はあるのだろうか。

「ボールが当たった衝撃でパーツの一部が破損したと聞く。謝罪や弁償を求めることもできるものを、お前は特に何も求めなかったのだろ」
「やけに詳しいな……あのパッツンから聞いたのか」
「安いものではないんだろ」
「まーわざとやったなら殺すけど、あんだけ真面目に練習してて事故なら怒りはしないだろ」
「……殺すのはやりすぎだ」
「例えだよ」

もののたとえ。僅かに小首を傾げる姿を見るに、冗談も許せないほど真面目、というよりは言葉の全てを真に受けるだけの天然なのかもしれない。

「お前面白いな、もっと早く知り合いたかったよ」
「それも冗談か」
「いや本気。お前、名前なんて言うの?」
「………」
「ん?」
「俺とわかってて話していたんじゃないのか」
「うわ、何突然の自惚れ発言」
「いや。俺のいる部活は強いからかよく声を掛けられる」
「はぁん。体育館競技で強いってと合唱部──て柄じゃねぇし、卓球か、もしくはバ、レー……」
「あぁ。バレー部の牛島若利だ」
「………冗談だろ」
「?いや、本名だ」

そう言ってわざわざ屈んで、ウィンブレに刺繍された名前を見せてくる。
だからここで言う「冗談」てのも言葉のあやだって。というかお前、お前が噂の───

「なんか、周りが言うより良いやつじゃねぇか」
「お前もだぞ、

見上げる俺の目をまっすぐ見て、真面目君こと牛島は、今日一番の頷きを見せた。




名前まで知ってんのかよ。

 Back