同僚による独白
「そういえばお前、最近行ってない、のか」
「えぇ?」
時刻は夜の9時を回って、外を歩く人の数も一時に比べたらだいぶ減った。点滅した信号に向かって慌てて走り出す人を見て、そんなに急ぐ程早く帰りたい家があるのかとぼんやり窓の外を眺めていたから、観音坂独歩の言葉に反応が遅れた。
「先生の所だ。最近見ないと、先生が仰っていたから」
パソコンのディスプレイから目を離せないくらい忙しいのなら自分の事など放っておけばいいのに。お人好しな同僚を笑ってやろうと思ったが、本人はわりと真剣なようなので笑うのを止めた。別に、病院通いを止めたのに大した理由はないのだけれど。
「お前とは違うんだよ」
「……、そうか、お前はもう良くなったんだな。いつまでも先生のお世話になる俺なんかとは違って……」
「あははっ、成程ネガティブはそう考えちゃうのか!」
今度こそ堪えきれず声出して笑うと、仰け反ったせいで頭を窓に打ち付けた。いい音がしたから、観音坂はやっとこちらへ顔を向けた。
「お前はさァ、時々『死にたい』て言うだろ?」
「……言ってない」
「えぇ?俺何回か聞いた事あるぞー?無自覚から気を付けろよ」
「……」
居たたまれなさからか、濃い隈を携えた男はまたディスプレイに顔を向けた。そんなに一生懸命仕事を片付けたって明日にはまた新たな仕事が積まれてしまうのに、何をそんなに頑張るのだろう。
「『死にたい』ってのは結局生きていたい人間が言う言葉なのさ」
「はァ?」
「今よりもっといい環境で生きたい。そうでないなら『死に“たい”』。本当に死にたきゃそんなこと言う前に死んでるって」
「……」
「あの病院に通う事こそ、現状を改善したい願望の現れだろ?」
「お前の、言ってる意味がわからん」
「それでいいのさァ」
お前はそれでいいのさ。吐息と一緒に出た声はきっとタイピングの音に掻き消されたがそれで構わなかった。
「俺は頭が悪いし察しも悪いから、違っていたら、その、すまない」
「ん?」
「…………死ぬつもりなのか?」
「────どうだろ。言わないけどさ」
キーボードを叩く指が止まってしまった。それに気付かない振りをしてまた窓の外を見る。酔っ払い達が肩を組んで駅の構内へ消えていった。いいなぁ、俺もああいう風に───
「、俺は何て言えば止められるんだ」
「え?あぁ……。冗談だよ」
「はっ?」
不幸の塊みたいな観音坂をこれ以上困らせたい訳じゃないんだ。
「早く帰れよ。家で待ってる人がいるんだろ?」
「え?いや、あいつは仕事中だろうし……」
「………」
机の上に並ぶ必要なさそうな書類を束ねていく。代替できる作業はやっておいたからとクリップで綴じた書類を渡すと観音坂は大袈裟なくらい頭を下げてお礼を言った。
「、話を戻すが──」
「本当に大丈夫だって。俺、いまの状況に満足してるし」
いい同僚に出会えて、十分幸せだと思ってるし。
同僚による独白
結果が分かってりゃいらん希望は抱かんし。
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