君影草が咲く頃に

『傲りかな。お前の側にいたいと思うのは』
『は?』
『いや違うか。勝手に親近感を覚えているのだ』
『何を言ってんだ』
『俺はお前が大好きだって話さ、ギンコ』




「…………ぁ」

ふっと口から吐きだされた息はわずかに白く、木々を組み立てて作った即興の雨よけの隙間から眩しい光が差し込んでくる。眠っている間に雨雲は去っていったらしい。

「さむいな」

寝起きだからか雨の降った後だからか、春の蟲も起き出した季節だというのに身震いするほどに寒かった。大した効果がないとは思いながら両腕を擦りつつ、朧気になりつつある夢の記憶を辿る。もはや声どころか顔すらはっきりとしない男はいつも笑っていた気がする。

「……」

どうにか夢の続きを見られないかともう一度転がってみたが隙間から漏れる日の光が目にささって逆効果だ。もうすっかり覚めた頭を起き上がらせ外へ出る。道の端々に若緑色の薬草が顔を出して遠くから聞こえる鳥のさえずりが心地のいい。すっかり春の景色だ。



『俺は冬が嫌いだよ。でもその大嫌いな冬があるから春を好きでいられるんだ』

は仕事のお駄賃だと“師匠”からもらったふかしたさつまいもを二つに割りながらそんな事を言っていた。明らかに半分以上ある方の芋をギンコに押し付けたはまだ熱い芋を腹の上に乗せてはぁ、と白い息を吐いた。

『うちの師匠は決して外道じゃあないが、いい人とも言えん。ギンコ、困った事があったらあの人じゃなく俺に言え』

兄貴ぶるのが好きな青年は凍瘡気味の手でガシガシとギンコの頭をなで回し笑っていた。その手だって、仕事用の罠を仕掛けるために長時間雪に手を突っ込んでいたせいだ。コツがあるからとギンコにやらせなかったのはきっとこのためだろうと、今にして思う。

『やめろ、しつこい』
『ははは』


それからしばらくして“師匠”は死んだ。身の丈にあった仕事を選ばなかった自業自得だと突き放すような事を言う割には少し項垂れていた。

『お前にとってこの世は生きづらいだろう。張り詰めるな。適当にやれよ』

ギンコの手に乗せられた銭袋。紐が解れかけ布も擦れてはいるが、薄紫の生地は手触りもよく安物でないと分かる代物で、手に感じる重みに眉をしかめて男を見上げた。

『おい、これ───』
『持っておけ。お前は賢いが、どうしたってまだ幼い。一人で生きるにも、また別の蟲師と共に行くにも、とにかく金は必要だ』
『なんでお前がそこまでするんだよ』



そうだ、この後に夢で見たあの台詞を言われたのだ。
繋がった記憶に喜びより先に訪れたのは形容しがたい───あえて言うならば寂しさと怒りを混ぜたような、捌け口を見失った膿のような───感情にさいなまれた。

「今思えば、あんなの告白以外の何物でもないな」

狭い世界だ。あのとき別れたあとも、春になると時々顔を会わせては互いの情報を共有したりの奢りで飯を食いにいったりしていたのに、はどれだけ年を経ても変わらず兄としてギンコを可愛がっているようだった。

「まるで俺だけが自覚したみたいじゃないか」

真っ白な髪に指を通して掻き上げる。寝転んだときについたらしい花弁がひらりと落ちたのを見て、何故か確信した。

「この辺りにいそうな気がするんだ」



それこそ、虫の知らせというやつだろうか。

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