ご不要の際は棄ててください

「スティーブン・A・ スターフェイズさんですよね」
「あぁ、そうだが」

白いスーツにも関わらす男の細身は際立ち、サテン生地の真っ青なネクタイは悪目立ちせず男の首もとにしっかりと巻かれている。こうした社交の場において女性が放っておかないような身なりだが、はて、今まで見たことがあっただろうか。

「失礼。です」

スティーブンの視線に気付いたらしい男──は爽やかな笑みを浮かべ自身の手を胸に添える。

「こういった場は嫌いなんですけどね。主催者のアダムには借りがあるし、貴方がいると聞いたから」

ウェイターから受け取ったシャンパングラスの一つをスティーブンへと差し出したが、やんわりと手で制した。それに対してのリアクションもなくは一人で二つのグラスを乾かす。

「ぷは、やっぱ金の掛け方が違うな。超旨い。それじゃあスターフェイズさん、お会いできて良かった」
「こちらこそ」

形式的に差し出した手をは握らなかった。突然の非礼にはさすがに動揺してしまう。ふとその顔に目を向けると、照明の照り返しをくっきりと写した髪をふわりと揺らしながらこちらを見た。

「いや、握手は結構です。手を握るくらいで親しくなれるとは思わないし第一、貴方も好きじゃないでしょう」

周囲は“パーティー”という場に酔った騒がしい者で溢れているはずなのに、この時はの声だけがすうと耳に滑り込んできた。周囲の雑音がドア向こうで行われているような錯覚さえして、何らか結界を張る術師かと疑ったが、それはスティーブンの勘違いであることは間違いない。

「君は不思議な人だね」
「よく言われます。そこが魅力なんだとか」
「自分で言うのかい?」
「ふふ、あくまで周囲からの評価ですよ」

目を細める。笑っているというよりは穏やかな表情を作るものだ。つられて社交的な笑みを浮かべて別れて以降、つい視界の隅でその姿を追ってしまう。彼を警戒しておいて損はない、そう自分に言い聞かせて。


   ***

「あぁ、スターフェイズさん」
「また会ったね」

スターフェイズさんも律儀ですねと言うがそれはお互い様だ。いくら義理があるからと言って今では関係も希薄になった相手のチャリティーオークションに出てやるなんて、よほど律儀であると言える。

「俺は出展される物の中に欲しい品物があったから来ただけですよ」
「へぇ、一体何が君の気を引くんだい?」
「言いませんよ。貴方に対抗されちゃあ敵わない」
「ハハ、そんな豊かな生活はしてないから安心してくれ」

が何かを口にしようとしたとき、背後から艶のある声がの名前を呼んだ。

、来てたのね」
「散々誘ってきたくせによく言うよな」
「貴方の顔を見たかったのよ」

見せつけるようにキスをして、女が遠くの方へ声を飛ばすと、談笑していた男女が顔を綻ばせて寄ってきた。それじゃあと退席するスティーブンに申し訳なさげに頭を下げたも、彼らの方へと歩いていき、久々の再会を喜んでいるようだった。

オークションはキャパシティの小ささに反して随分と豪華だった。業界の有名人もいないくらいだから大したことないのだろうと高を括っていたばかりに驚いた。

「ではこちら“龍の瞳”は26番の方落札です。おめでとうございます」

は小さく手を上げた。見事お目当ての物を落札したらしい。囃し立てる周囲に反応を返しながら裏の譲渡部屋へと消えていった。

「ええ……次が最後の商品となります」

進行役の厳かな声に周囲は不自然に静まり返った。壁に背中と片足の踵をつけた状態でもたれ掛かりながら、視線は奥の部屋───先程が呼ばれていった場所へと移る。進行役も気もそぞろな様子で商品の説明を読み上げ、客側などほとんどが商品から目を離しあの閉めきったドアに注目している。

「暗殺と言うならこれはあまりにもお粗末だな」

様子を見に行こうともたれ掛けた体を起こした時、奥の部屋は扉を開けて向こうから濃い血臭を漂わせた男が出てきたのと同時に客は手にしたグラスやプレートを捨て武器を構え───

「わぁ」

誰も引き金を引くことはなくその場は時を止めた。部屋を満たす冷気にくしゃみをしたは顔の前に伸びる氷で頬を切った。

「これはどういう状況だい?」
「それはこっちのセリフですよ」

動けなくなった客の呻き声を左右に聞きながら近付いていくスティーブンに警戒した様子はない。だらりと下げた両手から滴る血も、拭う様子はない。

「これはまた随分えげつない」
「部屋に入ってから気付いたので、あまり綺麗に残す余裕がなくて」
「まさかとは思うが君」
「とんでもない。俺はただの人間ですよ」
「どうだか」

携帯電話を取り出した時はさすがのも身構えたが、それが私設部隊で、死体の処理をしてやるとわかればすぐに警戒を解き深々と頭を下げた。

「……大丈夫か」
「ん?何がですか?」
「向こうで血の海に沈んでいるのは先程の女性だろう?君とはいい仲に見えたんだが」
「そうですね。付き合ってました」

淡々と話す様子は強がりにも見栄にも見えない。だからこそ心配になってもう一度「大丈夫か」と声をかけた。それに対してはカラリと笑い、血塗れの手でシャンパンを開けた。

「スターフェイズさんの人付き合いが広く浅くなのは裏切られても傷が浅いようになんですね」
「そう見えるのかい?……じゃあ、仮にそうだとして君はどうなんだ?」
「俺は、別に。ある日突然妹に銃口を向けられたときも淡々と殺してましたし」

心がないのかな、傷つくとかあり得ないんです。煙草の煙と一緒に出た言葉はそのまま煙と共にゆっくりと輪郭をぼかしながら消えていった。

「恋人も家族も、元を辿れば人間ですからね。金に目がくらんで、ってことは往々にしてありますよ」
「達観しているな」
「そんな立派なもんじゃないですよ」

短くなって手放した煙草は地面を覆う氷によってその火を消した。空いた手はジャケットの裏ポケットを探り、なにかを取り出した。

「これ、スターフェイズにあげます」
「これは……」
「この澄んだようで深い青が、貴方に似てると思ったので」

先程競り落とした蒼い鉱石はあっさりと持ち主の手を離れ、何故かスティーブンの手の中だ。気まぐれで渡すには、あまり安くなかったはず。

「いいんです。貴方に持ってて欲しいから」


ご不


「行きましょう、スターフェイズさん」
「スティーブンでいい」
「えぇ?」
「君を悲しませたくなった」
「はは。身に余る褒め言葉」

それはこちらの台詞です、とは、この時は口にしなかった。

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