お互い様か
大人げなかった、のだろうか。
カレンダーに唯一オレンジ色でつけられた丸印は役目を果たさずにただの平日として過ぎ去った。
「先輩、昨日はありがとうございました!すごく美味しかったです!」
「こちらこそ悪かったな。突然付き合わせて。男二人じゃ居心地悪かっただろ」
「まー最初はアウェイ感すごかったッスけど、出された料理がどれも旨くて気にしてませんでした!」
見るからに安いワイシャツの袖をぐるぐると巻き、目を輝かせて喋る彼のような人間こそが世の女性陣が口にする『ワンコ系男子』なのだろう。
キャンセルしてしまうのは勿体無いからと付き合ってもらった昨夜のディナーについてかれこれ20分以上は喋っている。
「本当は君と彼女さんで行かせてあげられれば良かったんだけどね」
「仕方ないですよ会員制なら!おかげで俺は貴重な経験ができました!」
一度食事に連れていっただけでこれだけ喜んでくれるとは思わなかったから、こうも手放しで感謝されるとやはり気分がいい。
「そう言ってもらえると、俺としても嬉しいよ」
本来一緒に行くはずだった彼ならば、きっとここまで喜びはしなかっただろうな。いつも通り俺がエスコートして、いつも通りライバルとの話を聞いて、いつも通り些細なことで揉めて───
「先輩?」
「……ん、あぁ、どうした」
「今度お礼したいんで、どっか空けといてくださいね!」
ただ空席が勿体なくて付き合わせただけなのにお礼なんて、と引いてみたが矜持がどうのこうのと言って引かず、最後には卓上カレンダーにシャーペンで力強く書かれた丸が残った。
「その日は後輩との予定があるから無理だよ」
しばらく音沙汰がなかったキバナからの久しぶりの着信は『今度ダンテとのバトルがあるから見に来いよ』と言うものだった。この間はバトルで使える新しい打開策が見つかりそうだからと言ってドタキャンしてきたくせに、謝罪もなくそう言われてつい腹が立った。それでも悟られないよう電話越しの声に相槌を打っていると、なんとなくカレンダーに目がついて、キバナが提案してきた日にシャーペンで丸がつけられてるのに気付いて、それで、
「その日は後輩との予定があるから無理だよ」
「後輩?」「何だよそれ」「プライベートか?」
などと質問責めに合ったが途端に面倒くさくなって電話を切った。やはり俺の行動は大人げないだろうか。
***
「えぇ~~!それ大丈夫なんですか彼女さん!」
「あぁ。ちょっとした癇癪だよ」
自分に非があるのか聞きたくてそんな事があったんだと話をしたが後輩は「自分の予定のせいで……」と責任を感じてしまったらしい。申し訳ないことをした。
「何、むしろ俺がお前を理由にして断ったんだから責任を感じることなんかないよ」
どこまでも素直な後輩はその言葉を素直に受け取ったらしく、なら良かったと頬を綻ばせた。
「ところで、これはどこに向かってるんだ?」
普段使わない路線の電車に揺られもう25分程経っている。だんだんと人も増えているようだが、はたして行き先はどこだろうか。後輩は待ってましたと言うように目を見開いて2枚のチケットを見せてきた。
「これですよ!ダンテ対キバナのバトル観戦チケット!」
「おぉ……」
なんてこった。
***
「どうです!?なかなかの席でしょう!」
「あぁ、いい席だな」
いつもはキバナから送りつけられるVIPシートに座っているから、C席と言うのは新鮮だ。いや嫌味ではなく本当に。
「客の盛り上がりとか、双方の姿が等しく見えるところとか。とてもいい席だな」
「そうでしょう!頑張りましたから!」
飲み物を買ってくると席を立った後輩の鞄にチケット代をねじ込み、手持ち無沙汰になった手でスマホをいじる。未読のメッセージが3つ、どれもキバナからだった。
「………」
今日は見に来ないのかとかどこにいるとか、どれも返事をしようとは思えない内容で既読をつけただけで画面を消した。そのすぐ後に後輩は戻り、試合開始を告げる音楽が会場を覆った。
「あぁ!キバナさん今日調子悪いのかなぁ……!」
後輩が思わず呟いた言葉の通り、素人目に見てもキバナの劣性だ。それも、あまりに早く。
手持ちのポケモンも残り2匹で、彼らもどこか勢いにかけるというか、普段の威勢のよさが感じられない。
「なんだよ腑抜けたバトルしやがって」「今回もキバナさんの悔しがる顔が見られるのね」「ダンテがまた力つけたのかもな」
皆が今回もキバナの敗北だろうと笑い、どこか期待しているようだが、それは本人が望んじゃいない。全く望んじゃいない。それこそ自分の恋人を放ってこだわるくらいの勝利なのだから。
「…………頑張れ、キバナ」
歯を食いしばって眉をしかめて、次の指示を出そうかまだ思案していようか。とにかく苦しそうな横顔を見せていたキバナが、ふと、こちらを向いて───
「俺、今キバナ選手と目があった、気がします……!」
「はは……ここ、C席だぞ?」
声なんか聞こえるはずないのに、こっちを見てニカリと笑って見えたのはどうやら俺だけではないらしい。
その後の戦いぶりは観客を沸かせるには十分すぎるもので、背水の陣とでも言うように天候と技の連携でダンテを追い込んでいった。生憎、リザードンの炎技を前に敗北してしまったのだが、途中まで嘲笑しながら試合を見ていた観客を黙らせたのだから結果は上々だろう。
「キバナ、入るぞ」
後輩には先に帰ってもらい俺は単独キバナの控え室へと向かった。途中でリョウタ君に会わなければこうもスムーズには入れて貰えなかっただろう。
「じゃあぼくは行きますので!頼みましたよ!」
頼むってなんだ、そう言いかけた時に控え室のドアは開き、腕越しに体重をかけていた俺はあっさり中へと倒れこんだ。
「おっ、と……?」
ドアを開けた犯人であるキバナに抱き止められ、ドアを閉められ、そのまま正面からぎゅうぎゅうと抱きつかれた。あまりにスムーズな動きに俺はなす術もなく、だだっ子のように肩に顔を埋めるキバナの背中にそっと手を乗せる。
「なんで返信しなかったんだよ」
「んー、億劫になって」
正直に答えれば、ひっつき虫は勢いよく離れこちらを睨み付ける。なんだか、久々にじっくりと顔を見た気がする。
「……嫌だからな」
「は?」
「確かに、最近の俺様の態度は悪かっただろうがそれはわざとなんだよ!いつも俺様ばっか誘ってるからたまには、……っ」
少しずつ声が上ずっていき、仕舞いにはまた黙りこんで、ゴンと頭突きを仕掛けられた。骨に響くし普通に痛い。
「さっきの試合、よく俺に気付いたな」
「……」
「お前が俺よりダンテを取ることなんて分かりきった事なんだから、今更変な駆け引きしようとしたって意味ないよ」
「そんな言い方するな」
「はいはい」
あのドタキャンも音信不通も、俺の気を引きたくてやったことだっていうならキバナ、それ普段とやってること変わらないからな。
そんな大人げないことしてないで、普段通りぐいぐい来てくれればいいんだよ。
お互い様か
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