荒れた海は濁る

アウギュステの海は恐ろしい程美しい。
でもきっとその美しさは海だけのものではないと思う。海を照らす太陽の輝き、空を駆ける海鳥たち、浜辺を彩る人々の笑顔や笑い声。そうしたものがアウギュステの海を美しく見せているだと気付くことが出来るのは、今が静かな夜だからだ。
昼には聞こえなかった風の音が耳をすり抜け、そのまま夜に溶ける沖へと駆けてゆく。夜の海は昼間とは全く異なる空気感で、こういうのを、はて、なんと言うんだったか。俺は元々気持ちを言葉にするのは苦手だが、それでも最近ではマシになった方だと思う。
海しか見えていなかった自分の世界を、船で自由に空を飛ぶあの人たちが広げてくれたからだ。
ふと、ここまで余計なことばかり考えて本題がぼやけてしまった。何を考えていたんだか

「ああそうだ、夜の海は───」

ふと、さざ波の音が不規則になるのを聞き逃さなかった。海岸に、誰かいる。


   ***

アウギュステの海は恐ろしい程美しい。そしてきっと海に集まるその全てのものが眠りについて海だけのものになったとき、これに勝る美しさはないと思う。
つまり俺は、静かな夜の海が好きだ。勿論昼間の海も好き。皆で水を掛け合ったりビーチバレーをしたあの時間も楽しかった。でも今は、静かで暗い夜の海が好き。足元の波が俺を誘うように足を濡らし、俺もまたそれに従うように歩を進める。
少しずつ、俺も海の一部になっているように思えて嬉しくなって、止まることなく足を進める。

「……っ」

あっという間に波が顔にかかる程まで進んでこれた。心臓を絞めるような水圧や耳や視界を埋め主張する海の存在が、怖いのに、どこか安心する。このままどこまでいけるかな。もう少し。片足が浮いた。もう少し。両足で跳ねる。あとちょっと。まだ息がもつまだいける───

ッ!」

「───あ、」
閉じた肺はものすごい勢いで広がって急速に酸素を取り入れる。噎せかえる俺の腕を力強く握って離さないジョエルは、珍しく涼しげな表情を崩していた。

「何をしているんだ…ッ」
「ケホッ、ゴホッ…」

まだ口がきける状態では到底ないのに返事をしない俺に気を悪くしたのか掴む腕は更に力を増した。

「……とにかく、上がろう」

流石というかやはりと言うか。俺の顔を海水につけないよう気を配りながらも、もたつくことなく岸へとたどり着いて見せた。
泳ぎも極めると走るより早いんだなぁなんてどこか上の空な俺に、彼の怒号はよく効いた。

「全部投げ出そうとしたのか、俺達に黙ってッ!」
「──え?」

ジョエルってこんな声だす奴だっけ。
髪からポタポタ滴る海水とか、濡れた体を冷やす風とか、綺麗な浜辺に不釣り合いな空き缶とか、鬱陶しいものがすべて吹き飛んで、今、ここ、目の前にいる男の必死な顔に釘付けになる。

「……隊長は、俺じゃなくても務まるよ」

皮肉でもなんでもない、本当に心からの、本心だ。

「そんなことない、今の隊長にしかできないことが山ほどある。アンタは必要とされる人間だ。少なくとも俺は、そう思ってる。」



「あぁ、そうか。俺がいなくなったら、グランやルリアたちの負担、増えちゃうかな……」

ジョエルの言葉の真意を必死に探して見つけた答え。なのに目の前の少年は悔しそうに、歯を食いしばっていた。
違うのかな、何が言いたいのか、もう見えないや。

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