息をしたい

理解できないと言われた。別にいい。理解してもらう必要なんてない。

<でもそれも全部、強がりなんじゃない?>

もうずっと、息ができない。



「何をしてるんだい」
「……組頭さん」
「別に君の組頭ではないんだけど。──それで?」

殺意すらも込められていない冷たい目でも、人と目が合うのは久しぶりなものでつい見入ってしまった。その間も言葉を急かされることもなかったが、いつまでもこのままではいられないので屋根の上から此方を見下ろすタソガレドキ忍軍組頭雑渡昆奈門に向けて声を発する。

「買い物してたら突然連れ込まれて。自衛です」
「自衛ねぇ。まさか相手もここまで残忍に殺されるとは思っていなかったろうよ」
「この人たちの肩を持つんですか?悪人ですよ」
「忍相手に何言ってるの」

乙女座りが腹立たしい。目をそらすついでに壁に背を預けた姿で死んだ男の首に刺したままになっていた苦無を抜くと栓が外れたと言わんばかりに血が噴き出て袖を赤黒く染められた。折角ここまで気を付けてやっていたのに台無しだ。

「あらら」
「はぁ……最悪だ、気に入ってたのに」
「それより、今君が苦無を抜いたそれ、うちの部下なんだけど」
「はぁ?ならきちんと手綱握っててくださいよ。忍者の三禁を全く守れてないですよ。それも男色なんて」

だからこんな一介の学生に殺されるんだ。引き抜いた苦無の血を払い手拭いに包んでいると頭上から笑い声がした。

「随分と機嫌が悪いらしい。また何かあったんだね」
「別に、大したことありません」

額の切り傷も腕の痣も隠れてるはずなのに、何故こんなに見透かされたような不安に陥るのだろう。それにこれは本当に、『大した事』ではないのだ。相手にするまでもない八つ当たりよりも、今は汚れた袖の方が気になって仕方ない。………なんて、矛盾だろう。

「同級生とは仲良くしないと」
「それ、本気で言ってます?」
「さぁね。そろそろ行くよ。見つかったらまた陣内にどやされる」

目を橋のようにして笑う雑渡昆奈門に促され後ろを振り向くと遠くから岡っ引きが走ってきているのが見えた。あぁクソ、囮にされたな。恨みがましく前を見たが案の定彼は姿を消していた。

「苦無、返してくださいよ」

足元に転がる死体から苦無を回収するとまたしても返り血が舞う。裾についた血に顔をしかめる間も惜しく、俺もすぐにその場を離れた。



「あら、わざわざお出迎えとは嬉しいな」

笑ってるのは俺一人だけなんだけど。
まるで敵を見るような目を向ける十二の目玉から逃れるにはもう、その目を潰す以外にないのかもしれない。いつからこんな風になってしまったのかはわからないけど、俺はこの深緑色の制服を着た彼らの笑った顔が思い出せなくなっていた。

「随分と臭うじゃないか。遊びが派手で困る」
「ははは。遊びねぇ。わりと危なかったんだけれど」
「御託はいい。そのみっともない姿を下級生が見る前に部屋へ消えろ」
「善法寺保健委員長にはこの怪我見えないのかなぁ。顔の痣が残ったら困るんだけど」
「……」
「聞こえないんだ」

口の中に溜まる血を彼らの足元に吹きかければ顔を上げずとも正面からの殺気はきちんと感じたし、まんまと煽られている彼らがたまらなく愉快で笑みが溢れた。笑った拍子に先程殴られた頬が主張を強めたが今は放っておこう。

「それじゃあ皆様ごきげんよう」

傷は痛むが足取りは軽い。こいつらに不愉快な思いを抱かせられれば満足だ。

十二の厳しい視線を感じながら自室へと戻っていく。この部屋は本当に日の入りが悪い。常に薄暗くてカビ臭い部屋はまさに俺にぴったりだ。なんて、自虐的すぎる?
なんだかおかしくなって一人でクツクツ笑ってる俺を見つけたのは紙切れを持ったヘムヘムだった。
その封書には見覚えがある。どうせ学園長からのものだろう。ということはそれなりに秘匿性のある任務だ。

「 全くあの人も人使いが荒い」

戻ってきたばかりの体をグーッと伸ばし、学園長の庵へ向かう。
何だ、廊下の途中で会った土井先生ですら、俺にそんな目を向けてるのか。笑って手を振ってやれば気まずそうに顔を歪めたのは一瞬で、すぐ教師としての振る舞いに戻っていた。
あんたはずいぶん人間らしくなったんだな。まるで俺とは正反対。

、来ました」
「入りなさい」

気配は二つ。廊下に残るわずかな粉の匂いからおそらく山田先生だろう。ということは、あぁ、今回の任務はきっと本当にかったるい。


   ***

「本日は迎えに来ていただきありがとうございました!」
「よろしくお願いします!」
「はいどーも」

人に警戒心を抱かせない甲高い声、頻繁になる足音、賑やかな道中。下級生とこんなに近くを歩くことは久しくなかったな。学園を出る前の六人の顔と言ったらない!先生方が近くにおられるという見送りの場に平気で怒気を漏らすような奴らがこの任務を任されるわけないだろう。

先輩も六年生なんですよね」
「すみません、僕たち今まで先輩のこと知りませんでした」
「どこかでお会いしてたのかなぁ?」
「まぁそうだろうね。俺は悪い忍たまだから君たちの前にはそう現れないよ」
「何ですかそれ〜っ」
「悪い忍たまなんていないですよ!」
「ははは」

眩しすぎる。まさか自分たちが複数の城の忍者から狙われているなんて思いもしないのだろう。実際俺もこの寺に迎えに来るまでまさかこんな小さい子供だとは思わなかった。
坊さんも俺の話は聞いているらしい。随分と厳しい顔でよろしく頼むと言いそれきりだ。唯一の情けか昼飯は三人分を持たされた。
俺の分だけ毒とか入ってたら嫌だなと思い、坊さんの前で一年生の竹皮と入れ替えたが、やはり嫌な顔をするだけで止めはしなかった。当たり前か、任務に支障が出たら困るもんな。

「それじゃあ、和尚様、おじゃましました!」
「うむ、気を付けて帰りなさい」

子供の一人が番号で書かれた手紙を持ち、もう一人は 解読の際に使う一覧表を持っている。二人のうちどちらかの荷物さえ守りきれれば解読されない仕組みにしたわけか。随分残酷なことを。それだけ重要な手紙ということだろうが、あぁ中身が気になって仕方ない。

「でもそれは俺だけじゃないんだよな…ッ」

油断した?いやまさか。強いて言うならこの一年坊主たちが思っていた以上にアグレッシブだったせいだ。人質に取られた片方が首に刃物を向けられている。もう片方は俺の背後にいる。こいつも取られればお終いだ。

「絶対俺の後ろにいろよ」
「はい!」
「なぁおい、お兄さん。お前の後ろにいるガキをこっちに連れて来いよ」
「それをさせないために俺が呼ばれた。お前こそ五体満足でいたいならその子を無傷でこっちに返せ」
「おい、大人を揶揄うな。こちらは荷物さえあればいい。だからこのガキは殺したっていいんだぜ」

万全は常に期すものだ。人質に捕られるという不測の事態が起きたとしても、二人を無事に返せるように。

「あ、あ……!」

二人を無事に返すには二人が殺される前に、敵のすべてを一掃してしまえばいいんだろう。


   ***

「それで、三人揃って血みどろで帰ってきて、それを見た六年生と大喧嘩。君は水をかけられてこの物置で頭を冷やすよう縛られてるわけね」
「状況説明ありがとうございます。貴方は何故こんなかび臭い所に?」
「君が面白いことになってると聞いてね。見に来たんだ」
「この人いつもこうだよなァ」

後ろ手に縛られたはいまだ前髪から滴る水滴を垂らしながら小首を傾げて、頬の痛々しい青あざが気にならないほど楽しそうに笑う。

「ねぇもしかして、雑渡さんって結構俺のこと好きでしょ」

蔵の窓枠に腰かけたままの雑渡も呼応するように首を横に曲げる。

「……君、黙っていれば可愛い顔なのにどうしてそんな恐ろしい顔ができるんだろうね」
「ん?器量がいいとはよく言われますが、俺はこの容姿に得したと思ったことは一度もありません 」
「情報収集が楽なんじゃない?」
「ハッ、顔に見とれるような女がろくな情報を吐くと思いますか?できれば貴方みたいに焼いてしまいたいが、そうなるとまぁ、変装も大変ですし、忍として使い物にならなくなるから我慢します」
「何度も言うけど、私は君の組頭じゃないよ」

隻眼はを捉えたままゆっくりと細められる。何かを咎めるような視線で見下ろされた青年は反抗的な目で睨み返してゆっくりと口を開いた。

「───ねぇ、俺の行いってそこまで咎められるものですか?忍なんだからこれぐらい普通でしょう。貴方だってきっとこうしたはずだ。これが最適解なんだから」
「子供に首が飛ぶところを見せるのが?」
「子供の腕が飛ぶよりマシです」
「それもそうだね。まぁ私ならもっと学園長先生のご期待に添えただろうけど」
「ならその術をあんたが教えてくれよ」
「……おや、いいのかい。忍術学園を卒業したとなれば君の将来は安泰。ホワイトな城を好きなだけ選べるというのに」
「ふは、 ブラックな自覚あったんですね」

が久しぶりに笑った。

「別に、どこでもいい。忍になれるのだったらこの学校を卒業したなんて肩書はいらない。俺は、今、呼吸がしたい」
「忍術学園の恨みを買いたくないんだけれど」
「恨み?感謝こそされれど恨まれることなんかありません。この学園は俺を持て余してる。そうでしょ」
「君こそ自覚あったんだ」
「当然」

は雑度の襟を掴む。いつの間にかその手から縄はなくなっていた。

「こんな無礼な態度を取るのは君ぐらいのものだよ」
「その辺のマナー含めて、これから色々教えてくださいよ」
「本当に世話に焼ける。君を連れて帰ったら尊奈門は泣き崩れるだろうね」
「きちんと先輩として敬います」
「口先だけだろうけどね」
「否定はできないかも」




「本当に後悔はないかい」
「ありません。たとえ卒業しても俺は貴方の下で働くと決めてたから」
「全く自己犠牲を好む部下が多くて困る」
「自惚れないでください。俺は組頭の為に死にませんよ。尊奈門…さんに負ける以外忍辞める気ないんで」

雑渡の肩を借りながら忍術学園の塀を力いっぱい蹴り上げる。この忍の力を借りれば小松田だってきっと気付かないだろう。

「これからはずっと傍にいられますね、組頭」
「……そうやってなんでも自分の思い通りに事を運ばせるから君は嫌われるんだよ」
「ははっ!乗り気だったのによく言う!」
 



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