どうせ届かない

「あ、雨だ」

やだなぁ、嫌いなんだよ雨。
私の抗議も天には届かず、上を向いたままの私は雨に容赦なく叩かれた。突然の豪雨。こういうのをスコールと呼ぶんだっけ。一人でいるときの雨は御免蒙るが、今回ばかりは都合がいい。あいつがどれだけ優秀な忍かは知らないが、この雨で足跡も匂いも流されてしまえばいい。
ただでさえ気分は最悪なのに、足袋に染み込む雨と土のせいで不快指数は上限値まで振り切った。雨で血の匂いは流れても、この泥濘では足跡を残しかねない。疲れきった体に鞭打って木の上まで登り、後は鉤縄に力を借りながらの宛の無い逃亡劇。
もう正直、奴に捕まっても構わない思っている。昔から、生というものには無頓着なのだ。そして皮肉にも、私を優秀な忍にしたのもその生への無頓着さだった。

「……」

生には無頓着でも、死に方は決めている。今まで従順な傀儡として立派な忍者に徹してきたのだからこのくらい罰は当たるまい。なぁ、そうだろう?

「留三郎」

声は口から溢れて静かに反響する。暗い森のなか、奴の顔だけははっきりと見えるような気がして柄にもなく心が弾み、そして場に不釣り合いな笑みを浮かべるのだ。

「……ッ!」

そんな私を諌めるかのように手裏剣が打たれる。殺気も威力もない、ただ牽制するだけの手裏剣など、打ち落とす価値もない。くいと顔を反らしそれを見送ると、今度はその手に苦無を握っていた。応えるように苦無を握る私の中には恐怖も怒りも存在しない。ただ思っていた未来をなぞるような、無機質で、それでいて誉れ高い思いで金属音を奏でる。

「なんで、抵抗しないんだ…ッ」

私に切っ先を向けた途端奴はホロリと目を潤ませた。ズルいやつ。お前が泣くのか。 

「いいよ、私を殺して手柄にしなよ。この私を殺したんだ、大出世だ」

走馬灯とかいうやつは頭のなかを流れてこない。今私の頭を過るのは昨日見た兎とそれを襲う狐の姿だ。まさしく今の状況にそっくりじゃないか。兎が今まで蓄えてきたものは全て狐のためだった。私が今まで築いてきた功績は全て私を殺す留三郎のため。留三郎に殺されるなら別にいい。それなのにいつまで経っても刃は喉に届かない。

「ほら、早く」

痺れを切らして当てられた切っ先に力をこめても当の本人がさせまいと押さえつけている。冷たい武器の端と端、僅かに触れる留三郎の手は相も変わらず暖かくて、涙を零す代わりにそぅと息を吐き目を閉じる。こいつの手が暖かくてよかった。留三郎の手は優しく後輩を撫でていたあの頃のままでいてほしいと願っていたから。

「留三郎、殺していいよ。これは私の願いでもあるんだ」

雨の匂いに混ざっても血の匂いがくっきりと鼻につくのに、何故か心は穏やかだ。留三郎には、理解できないだろうな。誇らしい最期を迎えられるということを。

「…やっぱり、駄目だ」
「やれるさ」
、どうか一緒に逃げてくれ」
「……勘弁してくれ」




私の想いも奴の刃も、どちらも虚しく空を切るのだ  



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