知りもしない

まったく俺は、どうしてこんなにも部下に恵まれないのか。
忍たまどもに『ドス部下』と呼ばれるあいつもそうだが、更に酷いのが何人もいる。優秀な部下など一人として───…いや、ひとくくりにしてはあいつは拗ねるだろうな。俺の潜めた眉を緩めたのは頭に浮かべた一人の忍び。
皆に「の」と呼ばれているが、果たしてあれは氏なのか地名なのか、自分のことを語らない奴なので素性はよく分からないが、あれだけはプロの忍びとして納得いく働きぶりをしてくれている。

「ただいま戻りました」
「あぁ、おかえり」
「…、………はい」

何かあったのか一瞬目を丸くしたが、そのあとは何事もなかったかのように偵察の報告を済ませ午後の定例会に備え着々と用意をすませている。こちらが何も言わずともここまで動いてくれるのだからやはり優秀なのだろう。うちの忍隊には勿体ないが、かといって手放すつもりはない。使える人材は、手元に置いておくべきだ。


   ***

「最近、近隣の城同士の交流が盛んなのはお前らも知っていると思うが―――」

ここまでまさかと思い顔をあげるとのを除いた連中は初耳だと言わんばかりのアホ面を浮かべており血管が浮く。本当に使えない部下ばかりだ…ッ

「“他愛もない”文通を行っていますね。しかし西では激しい戦が起きている。挟み撃ちにされないための和平を結んでいるのでしょう」
「待ってくださーい、他愛もない会話ならいちいち気にすることないじゃないですかぁ」

間の抜けた顔で阿呆なことを言う部下に手裏剣を打って牽制してやる俺と、呆れ顔を浮かべながらもそれを抜いて説明してやるのとではどちらが好感を持たれているかなど言うまでもない。

「……そこで、だ。俺はこいつらの研修も兼ね奴等の文を頂戴し和平を。破棄させる。の、お前は戦の旗をとってこい。可能ならドクササコ敵国に身の虫の術でもかけてこい」
「はい」
「いざとなったら山の向こうに忍術学園に逃げ込め。あそこは忍の学舎だが情に厚い。お前を見殺しにはしないだろう」
「お言葉ですが頭、生意気ながら、私にもドクササコの忍としての矜持がございます。敵に助けは乞えません」

ドクササコの忍が忍術学園の世話になるなど死ぬより恥だ、と言い切った。素晴らしい発言だが、お前の後ろにいる部下どもはそれよりひどい恥をかいてるぞ。忍たまにも馬鹿にされる始末だし。

「姐さん…かっこいいです……」
「あの、こんな所で油を売ってる暇があるなら馬を用意してもらえますか?『ドス部下』君」
「勘違いをするな。忍に恥も外聞も、ましてや矜持などない。使える駒を失う位ならばどこの世話にでもなりここへ、帰ってこい」

今の言葉の真意は伝わっただろうか。いや、他意があることなど今この時まで俺にも分からなかったんだ。

「それは…ここに帰ってきてもいいということですか…?」
「……」

時として沈黙は肯定となる。苦しくも今がそのいい例になってしまったが、かと言ってそれを防ぐための咄嗟の言葉は出てこなかった。

「お前位しか使える忍がいないからな」
ようやく声に出た言葉にのは頬を綻ぶのを必死に堪える様子で頭を垂れている。仕舞いにはこちらの方が足掻きが取れなくなって出立するよう命じその場を逃れた。


   ***

「はぁあぁ~~…もうくたくたですよぉ」
「この位で弱音を吐くな。いいか、今日教えた事を忘れたら承知しないからな」

いつまでも成長を見せない部下にため息しかでない。そもそもこんなに間抜けな男がよくこの城に仕えようと思ったものだ。

「ところでのは戻ったか」
「それが……まだみたいなんです」

俺たちが任務から戻ったのはあの日から二日後の夜。普段のあいつならとうに任務を終え留守を任せていた“白目”にちょっかいをかけたりしているはずだが。『虫の知らせ』というの信じない質だが、今回の胸騒ぎは放っておくには不愉快に思え伸びた部下を飛び越えあいつを向かわせた戦場へ駆けた。


   ***

部下に恵まれないと思っていたが、その部下も上司に恵まれていないようだ。戦場に足を踏み入れてから激しい後悔と焦燥感に襲われる。戦場見学が出来るような度合いはとうに越え、敵味方の区別がつかないほど殺伐とした戦場はのが仕掛けた身の虫の術が成功したことを意味しているが、それと同時に奴の安否が気になって仕方がない。

「どこだ…どこに……」

いくら駆けれども転がる死体の山にあいつの姿は見られない。砕けた鎧やいまだ燃える旗を避けて走るが、進むたびに心のざわめきは大きくなりあいつを手放すのがどれだけ惜しいかこの窮地にして知る。

「……ッ!?」

視線の先、怪我人と死体から放たれる死臭立ち込める敵陣の中央、今まさに喉元に刃を当てられた女を見て、全身の血がたぎるように感じた。

「そいつを離せ…ッ!」


   ***

「……ん?」
「目が覚めたか」

女とはいえ意識のない人間は運ぶのに重い。目を覚ましたのは良かったが途端に降ろせと暴れるとは誤算だった。ここが不安定な木の上だとわかってるのだろうか。

「今降ろしたところで自力では城まで行き着かないだろう」
「では、足を引っ張らないよう置いていってください!」
「なんのために敵陣の真ん中までお前を拾いに行ったと思ってる」

それきりのは何も言わない。ただ細い息づかいが背中から聞こえるだけとなり、忍の敵である月明かりを頼りにドクササコへと駆けた。間違っても落としてしまわないよう改めて腕に力をこめる。

「既にドクササコ領内に入った。今回のお前の働きであの戦は両者とも疲労の末に終わる」
「……」
「殿に特別報酬を出して頂くよう伝えておく」

何かほしいものはあるか。とにかく意識を繋ぎ止めておくためにかけた言葉のつもりだったが、今まで反応を示さなかったのがわずかに声を発していた。

「……ど」
「ん?」
「もう一度、聞かせてください『おかえり』と……」
「?……お、おかえり、の」



ささいな言葉がこれほど心地よい熱をはらんでいようとは。  



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