ただ聞こえるのは雨音ばかり。何か声をかけようとは到底思わないし、相手もそれを望まないだろう。ただ雨によって隔たれた二人きりの世界で雨音を聞いて時の流れを見守る。
僕らが雨しのぎに洞窟に入ってからおおよそ三十二万四千三十個の雨粒が降ったであろう時、そろそろこの状況を打破しようと試みて小さく息を吐いてみた。期待はしていなかったが案の定彼は少しも行動を示さず、ただじっと土をたたき続ける雨を見つめている。こうなると僕はもう少し彼のナーバスにつきあってここでじっとしていなければならない。冷えと痛みでじんじんしてきた腰をこっそり浮かせ、彼に倣い雨空を見る。
きっと今頃、僕以外の五年生は、特には組の連中は互いの傷を舐めあい、傷ついた体を寄せあっているのだろう。忍がいかに残酷かを噛み締めながら。
「パパ…父さんは……」
「うん?」
雨音に負けそうな声だった。聞きもらさないよう頭巾を外して耳を傾けるとようやく無機質な声が耳に届く。
「僕の父は、もう忍には戻れないだろうな」
「まぁ、片手じゃあね」
僕のいたって無難な返事がお気に召さなかったらしい。穏やかでない空気の中、さっきよりも些か低い声で「お前のせいだ」と言ってきた。反論はしない。何故ならそれは事実だから。
「恐ろしい話だよね」
雨は少し強くなる。僕らはより一層孤立させられてしまったらしい。
それきり口を利いてくれない友人のせいで、僕の頭のなかは先程の記憶で埋め尽くされる。
五年生最初の野外実習。夜のうちに裏裏山まで走りそこに隠れる敵の櫓を破壊するというなんてことのない内容だが、裏裏山までとは言え初めて先生の見張りがない実習だったから、僕らはなるべく離れずまとまって裏裏山へ向かったんだ。これがどうやってドクタケに知られたのかはわからない。
でも不思議ではないよね。は組の一部はどくたまと懇意にしているんだし、悪意かどうかは別として、ドクタケ忍軍に知られる可能性は多いにあるんだ。
だから然程驚きはしなかったんだけど、そのあと大きな誤算に気付く。
「避けろ喜三太ッ!」
その誤算とは、残念なことに、ドクタケは本気で僕らを葬ろうとしていたこと。そしてそれを指揮しているのがどくたましぶ鬼の父、キャプテン達魔鬼だったこと。こうなっては勝率は一気に下がる。理由は言わずもがな。五年は組のよいこ達は友人の父親と知って攻撃を躊躇ってしまうのだ。
でもそれじゃあ駄目、駄目なんだよみんな。忍者の三禁にかかってはいけないと、あれほど教わったはずだ。
「三治郎!目閉じてろよッ!」
今省みると、僕だって十分色にかかっている。あのまま殺してしまうことだってできたんだから。棒手裏剣を握ったまま地に落ちたあの男の右手が頭にこびりついている。三治郎、トラウマになっていないだろうか。
「あいつらは誰一人、達魔鬼と風鬼を狙わなかった。そりゃそうだ。見知った相手に武器を向けられるほどの覚悟がは組連中にあるもんか」
「……」
「もしそれも含めて忍術学園と交流を持っていたのだとしたら、ドクタケは本当に悪い城だね」
「くたばれ」
この冷たく静かで哀しい程無機質な部屋で、それは唯一熱をもった言葉だった。
戻る