不治の毒

さくり、さくり。
うなるような日差しを受け青々と育った葉は、からりと乾いた涼しい風を受けて少しずつ落ち葉へと変わっていく。季節は秋だ。 小松田さんがせわしなく掃いているが彼の仕事ぶりでは掃き終える前に次の葉が落ちてしまう。吉野先生は『もっと手際よくできないのですか!』と怒っていたけど私にとっては好都合。この季節限定の落ち葉踏みを堪能できるのだ。大木先生がもうじき雨が降ると言っていたし、雨で葉がしんなりとしてしまう前にすべてのサクサクを堪能してやろう!
 
さくり、さくり、さくり …ぐちゃ
「……お?」
 
 
    ***
 
「おぎゃあああああああ伊賀崎くゥゥんッ!!!」

『慌てる子供廊下では転ぶ』の文字も今は見えないふり。私の軽くない体重により栞のようになってしまったこの子を手に乗せ大急ぎで向かう先は生物委員の所有する毒草園。今の時間ならいるはずと見込んで駆け込むと、事態の緊急性を察知したのか、困惑した表情の伊賀崎君がいた。

「ど、どうしたんだ
「ごめんなさい!伊賀崎君の飼ってる大ムカデの十四ま…じゃなくて一二三四五六…」
「落ち着け!大ムカデの三四郎がどうしたんだっ……あ」

そうなの。私の手の中、三四郎君、だったものが乗ってるの。

「あああああああ三四郎~~~~!!!!」
「ごめんなさい~~~!!!」
 
 
ち―――ん。
伊賀崎君が埋めて私が卒塔婆をさす。たかがムカデ、されどムカデ。私は彼の大切なものを殺してしまったのだ。罪悪感。静かに手を合わせる伊賀崎君の横顔はとてもきれいで好きだけど、今は怒ってるように見えて怖い。

「―――…
「はっはい!ごめんなさい!」
「いや、そんなに気にやまないでくれ。逃がしちゃった僕も悪いんだし。それより医務室に行こう」

鼻水だらだら涙でぐちゃぐちゃな顔に引いたのか伊賀崎君は一瞬苦い顔をしながら私の腕を引っ張って医務室まで連れて行ってくれるらしい。
 
はさ、虫とか平気なのか」
「え、うん。全然平気。むしろ魚の方が嫌い」
「魚?」

二年生の時の水遁の授業で潜ったとき、学園長の飼育している鯉と正面衝突をするという笑い話のようなトラウマ話をすると伊賀崎君はふはっと声を漏らした。顔は見えないけど、たぶん笑われた。

「くノ一教室の女はみんな僕のペットを見て悲鳴をあげるんだ」
「みんなじゃないよ、私のほかにも平気な子いるもん」

気をよくしたのか、医務室に向かうまでの間、伊賀崎君は愉快なペットの仲間たちを紹介してくれたけど、途中ででてきた三四郎君はもう私の足袋の下敷きになってしまったんだよねホントごめん……

「い…っ」
「大丈夫か?……もしかして、刺されたのか !? 」
「刺、され…?」

不吉な言葉に乾きかけた涙がまたこぼれそうになってしまう。みっともないから我慢しないと。

「大ムカデの三四郎はムカデの例に漏れず毒を持ってるんだ。刺されてすぐは気付かないが暫くすると足が腫れてくる」

痛みに耐えかね座り込んでしまった私の足袋を伊賀崎君は失礼と一言添えて脱がしていく。なんというか素足を見られることが変に恥ずかしいと感じたのも一瞬だけ。既に気色の悪い色をした右足を見て意識がとんだ。い、因果、応報…
 
 
    ***
 
「落ち葉には…気を付けま……あ?」

夢を見ていた。いまいち覚えていないんだけど足を毒々しい紫色にした私が伊賀崎君に背負われながら医務室に向かう夢だ。医務室に向かう途中伊賀崎君は私に色々と話をしてくれた。毒虫が危険だということ。けがをさせて申し訳ないこと。あとなんだっけ?どんなに忘れたくない夢も鮮明に記憶しておけないのが夢の悪いところだと思う。切実に。

「お…起きたか?」
「おぎゃあ伊賀崎君 !? 」

不意打ちにはしたない声をあげてしまった。寝ぼけた頭は一瞬で覚醒したが、ふとあたりをみたらここは本当に医務室だった。あれ、そういえば私は本当に足を刺されて… …

「数馬、が目覚めたから僕はもう戻る」
「うん、後は任せて」

どうやら、あれは夢じゃない?だとしたら私は―――

「伊賀崎君」

医務室を出て行ってしまう前に、慌てて袖をつかむと伊賀崎君は目を丸くしながらも屈んで目線を合わせてくれた。

「あの…、伊賀崎君!ありがとう」

精一杯のお礼を言うと、伊賀崎君は小さく頷いて出て行ってしまった。

「ごめんなさいって、言うべきだったかな」

問いかけた先の三反田君は「どうだろうね」と笑っていた。



無意識のうちに侵される。  



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