あぁ、逝こうか

「もうだめだぁ、私、三郎無しじゃ生きられない体になっている」
「え」
「雷蔵が引いてるから紛らわしい言い方はやめろ」

こいつはいつも「突然」な奴だ。
今だって真面目に課題を行っている私たちの後ろでごろりと大の字に寝転びこんな事を言い出す始末だ。我が好い人でありながら意味が分からない。

「あと半年後には私たちもお別れだよー、あっという間の六年間……さよなら三郎……」

学園の切れ目が縁の切れ目、お前がよく口ずさむ変な節の言葉に私がいつも心を痛めてるのをお前は気付いてないだろう。いたた……

「ふん、お前なんか私がいなくとも図太く生きていけそうだな」
「逆に三郎はちゃんと別れてすぐに廃人になりそうだよね」
「バカ言うな、荷が下りて生き生きしてるだろうさ」
「傷ついたぜ三郎ぉ」

八の字に眉を下げても口は水面に浮かべた小舟のようにして楽しんでいる。本当に廃人になっても「三郎は面白い」等と言って笑ってそうだから恐ろしいものだ。

「好きな人が死んだ世でなんか一日も過ごしたくないし、三郎は私より後に死になよ」
「それはまた──……」

随分と物騒だな、と言い返そうにも本人は肌を包む暖かい日の光の中で仰向けになり眠りこけてしまっている。人の部屋で。

「忍としてどうなんだこれは」
「三郎の側だから安心して眠れるんだろ?」
「それは…男としてどうなんだ」

落胆の色を見せる私に雷蔵は「安心できない人を好いたりしないよ」と笑った。まぁ、雷蔵が言うなら信じよう。




「……」
懐かしい夢を見た。いや、夢なのか幻覚なのか、走馬灯なのかも判断つかない。

限界という言葉は好きじゃないが、使うとしたら今だろう。腕も足も生々しい傷口からはとめどなく血が流れ、痛みを越えてただ熱い。学園を卒業してからというもの全く禄なことがない。新しく継いだ我が城の城主は頭の出来がよろしくないらしく、忍を心のない傀儡としか思っていない。なんの喜びもない暗闇の中で唯一の希望ががこの城にいないことだ。あいつは平和な城に勤めることができただろうか。

「ゲホ…ッ」

咳き込むたびに濃い血臭と鉛の臭いに肺がやられる。戦なんて本当に良いこと無しだ。ここが私の墓場になるなんて、日頃の行いによる皺寄せががこんなところで表れるとは。こんな場所でも、静かな場所があるかもしれない。もはや機能しているかも分からない目を皿にして探し当てた僅かな草原で体を横にする。なるほど、確かに睡魔はものすごい勢いでやってくるな。場所などお構いなしに寝ていたあのときのあいつの気持ちがよくわかる。

、か…」

視界に薄ぼんやりと浮かぶ幻の名を呼ぶ。声に出して。久々に呼んだ名は懐かしい響きで胸が熱くなった。私はしつこくもまだあの馬鹿が好きらしい。


「言ったろう、三郎無しじゃ生きてられないって」
「……な、んで」

幻覚は、言葉を発す。

「だから勝手に死なれては困るんだよなァ。もう生きられそうにない?」

幻覚か、と問うと色のない戦場にはよほど似つかわしくない声でからりと笑い、傷だらけの私を無理矢理担いでみせた。痛いから止めろ、なんて言ったところで止めてはくれないんだろう。

「帰ろうか、三郎」
「…帰るってどこに。もうどこにも、私の居場所はないよ」

地を這う蛇のような低く単調な声でも、それは彼女の耳に届いているらしい。

「もう少し歩いた所にね、あるよ。八左ヱ門や兵助、雷蔵が待つ場所」
「……」
「やれやれ。時代とはいえ皆随分早くに散ったもんだ。これじゃあ先生に怒鳴られちゃうよ」
……」

二人で帰ろう。と、彼は言った。

「……お前は、それでいいのか」
「何度でも言うけど、私は三郎無しじゃ生きられないんだって」

なんということだ。屈託のない笑顔でなんて残酷なことを言うのだろう。今の言葉を聞いて私は私を恨まずにはいられない。君には、もっと笑って過ごせる日々があっただろうに。それでも肩を貸す君を突き放せない臆病な、それでいてこうして君と二人で「帰れる」ことに喜びすら感じる独善的な私をどうか許してほしい。

たどり着いた湖のなんと綺麗なことか。

「三郎、手を離すなよ」



このまま深く深く沈んで
もう誰も
私たちを見つけられない。  



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