落ち葉を数えるな

もう駄目だ。
目の前の木の蘭茶色の最後の一枚の葉の葉柄が枝から離れたのとほぼ同時に、私の中の大切な何かもプツンと音を立てて切れてしまったようで、何の前触れもなく私の目からはボロボロと生ぬるくて気持ちの悪い液体がそれはもうボロボロと溢れだしてしまった。嘔吐する様を人に見られるのを嫌がるのと同様に、ここでこうしているのはとても嫌で仕方がなかったので、誰にも告げず、とにかく歩いて歩いて。木の覆い繁る森を抜けるまで歩くと、空を大きく映し出す開けた場所を見つけたので大人しく腰を下ろした。
今までの木の大群はその一ヶ所だけ避けるように生えていない。代わりに小さな花たちと青々とした草が目前の空から吹く風に揺られている。今の自分よりもよっぽどこいつらの方が幸せに見えて全部むしってやりたい気持ちになったが、そんなことしたら私まで自分の事を嫌いになってしまうから、手は草をむしらずに自分の膝を思いっきり叩いた。静かな森がかき消してくれるのだからと声を上げて泣いた。泣けばなくほど涙は零れ、自分の泣き声を聞くほど惨めな気持ちになってまた泣いた。


泣き続ける体は思いとは別に酸素を求め、肺一杯に酸素を入れるべく顔を上げれば、どれだけ泣いたのか、青空の隅っこに夕日の色が染み込んでいた。

「もう嫌だなぁ…」

消えたい、そんな願いを声にする前に背後の草がガサガサと豪快な音を立てるものだから声も涙も引っ込んでしまった。
もし自分に忍術の腕があったら、この音の正体に苦無でも打ち付けて黙らせてやるのに。正体も分からない何物かに苦無を刺し続ける自分の姿を想像して思わず口に手を当てた。

「おや、じゃないか」
「えっ…左門?」

何故こんな茂みから出てきたのか、なんて方向音痴の彼には愚問だし止めておこう。

「どうしたんだ?迷子か?」
「迷子は左門たちでしょ……」

左門と三之助、二人を探すために五人で山に入ったのだけど、周りも見ずにここまで歩いてきてしまった私も左門と同じ迷子に違いない。なんたる失態。

「はぁ…どうしよう」
「大丈夫!あいつらは必ず見つけてくれるさ!」
「そうかな」
「ああ!仲間が欠けたら悲しいからな!」
「左門はいい友達を持ったね」
「えぇ?何を言ってるんだ。お前も僕たち仲間だろ?」

仲間。薄っぺらい、喜車の術で使いふるされた言葉でも、どうやら米粒程度には私の胸に響いて自嘲的笑みがこぼれた。

「だとしたら私はひどい『仲間』だよ。さっき左門のこと苦無で殺そうとしたんだもん」
なんて言って、彼はどんな顔をしてるんだろう。怖くて見れないや。当然左門は黙りこくって、私も精一杯音を立てないよう意識して歩いた。あぁあ、今のはまた言葉足らずだったなぁ。いつもの事ながら、失態には後から気付く。

「でも僕だと分かった途端苦無をしまっただろ?」
「え…っうん…」

まぁそうなんだけどね。今のでよく話が伝わったなぁ。
「おーい!左門ー!ー!」
「ほら!皆見つかったぞ!」

見つかったのは彼らじゃなくて私たちの方だと思う。作兵衛もそんな顔してるし。

「どこ行ってた左門!まで!」
「ごめんね、作兵衛」

ガツガツと近付いて怒鳴る作兵衛はなんというか、本当に怒ってるように思えて怖かった。

「許してやれよ作兵衛、こいつにも色々悩みがあるんだ」
「何他人事みたいに言ってやがるオメェにも言ってんだぞ左門…ッ!」

作兵衛の言う通りだよと殴られる左門を眺めてたら私も同様にお怒りを受けた。殴られた頭頂部がじんじんと熱をもち、何故か関係ない心までがざわざわとする。

まで勝手にいなくなるんじゃねぇ!本当に心配し…って、おい、?」
「あぁあ、作兵衛が泣かした~」
「うるせぇ三之助!悪ィ、強く殴りすぎたか?」

瀬戸物を扱うような恐る恐るした手つきで必死に慰めてくる姿に涙は勢いをまして、喉はしゃくりあげるだけで言葉もでなくなってしまった。

は強がりな泣き虫なんだから優しくしろよ」
「作兵衛が怒ったのは達を本当に心配してたからなんだよ」

藤内、数馬が両隣に来て励ましてくれる。三之助と左門は慌てふためく作兵衛を落ち着けながら笑ってくれている。
、一人で抱えて迷子になるよりも僕らに話した方がいいだろ?」
孫兵は、私の目線に合わせて言葉をかけてくれる。だめだ、君たちが優しくするから、我慢せねばとこらえた心が一人じゃないと油断してしまう。

目の前の木の蘭茶色の最後の一枚の葉の葉柄が枝から離れるのと同じように、一人、また一人と落ちていなくなる。



三年生の秋にして早くも最後の一枚となってしまったと嘆く私は、案外近くに六枚の葉があることに気付かなかっただけなのかもしれない。  



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