台詞と気持ちの不釣り合い

あれは五年生の初期、とある合同実習が全ての始まりである。
勘右衛門のコミュニケーション能力が羨ましいとため息をつく同じ五年い組の久々知兵助は、こういった合同実習でも無い限りくのたまとの接点はないに等しい。

「たまに食堂で見かけるあの子可愛くない?名前は知らないけど」

などと勘右衛門でさえこの程度だ。しかしそんなこと言い訳でしかなく、実習を成功させるためにもせめてアイコンタクトができるほどには関係を築いておかねばならない。相手を知らねばならないのは分かっている。しかし距離のつめかたは分からない。自分にあるのはわずかな友人と豆腐への大きな熱意くらいなものだと自覚はしている。

「───よし」

豆腐の話題でいこう。そう意気込んでようやく相方を探すため足を動かした。
だいぶ遅れたスタートである。


   ***

「あぁ、君がペアだね」

『伍』と書かれた紙を持っていた彼女は可愛らしいというより大人びた容姿で、特に大人っぽい印象を与える一重の目は、久々知を見つけると『やっと来た』と言いたげに細められた。

「あ……その、遅れてごめん」
「いや別に。じゃあ行こうか」

抑揚の無い声でそう言われてはなんとも萎縮してしまい『絹豆腐と木綿豆腐どっちが好きー?』なんて聞けそうになくなった。
この実習では裏裏山の麓に立つ先生に札をもらい、渡された札とぴったりと合うもう半分を裏裏裏山までの範囲内どこかから探してくるというものだ。つまり、親睦を深めるなら裏裏山に着くまでの間。

「あのー…」
「何」

もうこの時点で話すの止めようかと思ったがこんな中途半端な感じに開けた口をこのままにしておくわけにも行かず、何度も脳内シミュレーションを行った言葉を口にする。

「食堂のおばちゃんの作ったご飯はどれも美味しいよねぇ」
「…そうだね。外で食べるよりずっと」
「そうそう。ところで俺、人よりも豆腐への思い入れが強くてね、君は豆腐好き?」

よし、言ったぞ。予定通り言えた。まだ任務が始まってもいないのに既に達成感と疲労感でいっぱいだ。あとは彼女がなんて返そうと豆腐の話に持っていける。さぁこい!
などと考えているうちに、ふと彼女がこちらを見ていることに気付いた。答えに臆しているのだろうか。久々知が視線を向けると今度は彼女が視線を外し大きく息を吐き

「私、豆腐嫌いなんだよね」

と言った。


   ***

「すごいじゃないか兵助!合同実習はお前達のペアが堂々の一位だったんだろ!?」
「二位と大きく差がある上に先生方が仕掛けた罠を全部ぶっ壊したって!」
「おかげで僕たちはなんてことないお宝探しだったよね」
「おほー!先生方怒りで震えていたよな!」
「……」

級友の呼び掛けには何も答えない。ただひたすら机に肘をのせうつむいている。

「今は話しかけないでくれ。俺は今とてつもない屈辱を受けて話せる気分じゃないんだ」

実習は大成功。不満を感じるような出来事なんて何も起きていないだろうに。何だろうと首を傾げながら朝食をつついていると、今まで俯いていた久々知が突然ガバリと顔をあげた。つられて声のする方へ顔を向けるがそこにいたのはなんてことないくのたま達だった。

「兵助が豆腐だけでなく女の子にも興味を持てるようになったとは、同室として嬉しい限りだ」

勘右衛門の言葉にうんうんと頷く彼らなどお構い無し。鋭い眼光で彼女達の方をじぃと見続ける。まるでストーかの様だ。

「何にしようかな……ゲッ」

検非違使を見つけた泥棒でもこれほど全面に嫌悪感を露にはしないだろう。なるほど久々知の見つめていた女はこいつかと二人の経過を黙って見物していたが、久々知が立ち上がりズカズカと前進するのを見て驚いたのは無理もない。

「A定食にしろ。今日ならもれなく冷奴が入っているぞ」
「わざわざ教えてくれてありがとう。おばちゃん、B定食一つ」
「何だとぉ!?!?」
「誰がわざわざ嫌いな豆腐のある方頼むんだよ」

その後もしばらくやいのやいのと騒いでいたが、「食事に埃が入る」と食堂のおばちゃんに猫のように掴まれ外へと放り出されていた。

「……」
「…どうも、失礼しましたぁ… …」

なんとも居たたまれない気持ちになった他の五年生たちは「まだ食べ終わってない!」という勘右衛門を置いて問題の二人を探すため食堂を出た。


   ***

「うをぁああ…ッ!!!」

いまだ聞きなれない後輩たちは声のする方へぐりんと首を向けるが、日常茶飯事になってしまった五年生にとってはただの生活音でしかない。

「今日の悲鳴は割りと短かったな」
「あぁ確かに。以外と美味かったんじゃねぇの?」

そう。二人が食堂を追い出されたあの日から始まった攻防戦。自作の豆腐を食わせたがる兵助vs意地でも口に運ばないによるまさに剣と盾の攻防が続いていた。最初こそは渡した豆腐を顔面にぶつけられたり渡しに行く途中落とし穴に引っかけられたりと黒星の続いた戦いだったが、どうも最近では逆転したらしく、こうして豆腐を食べたの叫びが響いているのだ。

「竹谷先輩~お二人の喧嘩止めなくていいんですか?そのうちどちらかの血が舞うことになるかもしれませんよ?」

その笑顔に不釣り合いなことを言う後輩の頭を撫でていると、ずいぶんと疲労した様子の豆腐小僧……もとい、久々知兵助が食堂へとやってきた。

「お帰り…って随分ぼろぼろだなぁ」

見るも無惨な、というほどではないが、装束のあちこちを破き袴にはいまだ砂埃をつけた兵助だがその表情はどこか満たされている。

「おほー、何か手応えはあったのか」
「あぁ、あいつが、初めて豆腐を旨いと言ったんだ…!」
「おぉ、とうとうあいつを負かしたのか」
「ふふふ、まさかあいつの笑顔を見ることができるとはな、喜ばしいことだ」



数ヶ月後。豆腐の力だと喜ぶ兵助の後ろからドタドタと走ってきたのは件のであり、そいつは

「結局お前の作った豆腐しか食えないんだが!?食べさせたたければこれからも私に豆腐を作れッ」

と叫んだ。兵助は快諾をした。
だから台詞と状況が不釣り合いなんだと周りからの冷めた目に、当人達は気付かない。  



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