作戦開始の合図を待つ間に他愛ない会話だった。
「
程のやつもそういねぇだろう」
静かで暗い夜の闇に、彼の声はじんわりと溶け込んだ。思いがけない人物からの思いがけない発言に犬猿の仲である男が反応しないわけがなく
「文次郎、お前余程
に惚れ込んでやがるな。いいのかァ?『色』だぞ、それ」
鬼の首でもとったようにニヤリと笑う留三郎は食って掛かるであろう文次郎に備え拳を握り構えていたが、どういうわけか掛かってこない。
それどころか留三郎の言葉を噛み締めるように黙り混み、しばらくしてから
「よし」
と、何かを決意した。
普通なら会いたいと思うほどに惚れ込んでいるのかと、相手を思う己の気持ちに喜びすら感じるところだが、四六時中ギンギンに忍者しているこの男は違った。
「実習中に女のことを考えるなど忍としてあるまじきことだ」
女にしてみればこれほどひどいことはない。愛されているはずなのにそれは迷惑だと言われているのだから。
しかしこの女も淡白であった。元々好きだと思いを告げたのはどちらだろう。確かに女は文次郎を好いていた。忍者の三禁の前に跪き、忠実で、内に秘める野望にはどこまでも貪欲に執着する。
まるで氷の炎のようだ、と。
そんな彼女だから「好いている」と告げられた時は思い合っていたことに喜びはしたものの、それと同時に微かな失望も抱いたのだ。
「いいよ」
そこの醤油取って。という会話ではない。別れを告げられたにも関わらず驚きも困惑もせずあっさりと申し出を受け入れるものだから周りの六年生が戸惑ってしまった。留三郎など己の発言に罪悪感を感じ頭をかきむしっている。
「随分あっさりだな」
「嫌だ嫌だと泣きわめいた方がいい?」
「それは俺の好みじゃない」
「そうだろう」
今後どうなるのかとハラハラする周りを他所に、二人は黙々と食事を済ませ、御馳走様でしたと手を合わせた。
「先輩たち本当に別れたのですかっ」
「これからは気兼ねなく遊んでいただけますね!」
「先輩ならじゅんこも大喜びです!」
が食堂から姿を消した瞬間この盛り上がりだ。おそらく六年生の放つピリピリとした雰囲気に何事かと集まってきたのだろう。壁に耳あり障子にメアリー。盗み聞きをしていた面々からしてみれば鬼の会計委員長潮江文次郎との破局は吉報でしかなかった。
「君たちからそんなに喜ばれるほど文次郎と共にいた覚えはないぞ?」
「まぁそうなんですけどね、
先輩と二人で話そう日には会計委員が荒れるって三木ヱ門が言ってましたし」
「ふふっあいつも人並みに妬いてくれていたのか」
久々に聞く彼女の笑い声は、薄い壁の向こう、食堂にいる文次郎らの耳にも当然届いている。
「行かないのか文次郎」
「バカタレ。今俺が行っても悪いことばかりだろう」
「まぁそうだよな!」
なら私が行ってくると飛び出した小平太を止める権限など文次郎にはもうない。
「……」
物言いたげに降りだした小雨の音をかき消すような文次郎のため息は、廊下の向こうの
には聞こえない。
本当の思いなどどこにある
真実なら、今力一杯握られる拳の中にあるのかもしれない。
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