まったく素直じゃない

「全くもって運がない……」
「どうした?」
「ここへ戻る途中の橋で目の前に割り込まれ、そいつが渡った時に橋に穴が開くわ、砥石を買いに行ったら在庫がなくて割り引かれた小振りのものを買うことになるわ途中で立ち往生してる老人を手助けしたら御礼にって大量の生花を持たされて肩凝るわでもう散々…」
「伊作が聞いたら泣くだろうな」

人間というのはよくできている。伊作のように前向きな不運がいればこうも後ろ向きな幸運体質がいるとは。

「生花の中に薬草を作れるものがあるから伊作さんに会いに来れば、部屋にいるのは食満さんだけだし」
「何あからさまに嫌そうな顔をしているんだ」
「嫌だからに決まってるでしょう」
「くそやろう……」
「伊作さんはいつ戻りますか?」
「委員会の片付けに行ったからな、あと四半刻もすれば戻るんじゃないか?」
「仕方ない。ここで待たせてもらいますね」
「仕方ないはこっちの台詞だ!」

眉をひそめてため息なんかつくもんだから一瞬俺が悪いような気になったじゃないかこの野郎。……女だけど。

そもそも、俺に対してこの口の利き方だがこいつが俺と同い年かどうかは定かではない。くのたまの上級生ともなると人数が激減し、下手したら学年に一人っきりなんてことが起こるらしく、上級生は特に学年などはなく一つにまとめられるらしい。年齢を聞いてみろ?馬鹿言うな。小平太だってそんな無茶はしない。
厄介なのはこいつが全学年──流石に一年生には違ったようだが───に敬語を使っているのでもう誰も彼女の年齢などは分からないのだ。

「ただいまー」
「お疲れ様です伊作さん」
「あぁちゃん来てたの?」
「相変わらずここは薬草の匂いがすごいですね」
「あはは、ごめんね」
「いえ、私はこの匂い好きです。この部屋で温かいお茶でも飲みたいくらいでした」

客人には茶くらいだせという気遣いの足りない俺への嫌味だろうから聞こえない振りしておこう。

「今の嫌味ですよ?」
「分かってるッ!」
「君たち本当に仲いいよね~」

何を見て言っているんだ。伊作は目をやられたんじゃないだろうか。

「伊作さん、目でもやられたんですか?」


   ***

───・・・あれが三日前の話だろ。実習があるという話は聞いていないし、保健委員の乱太郎を連れて裏々山に行ったのかとも考えたが、乱太郎は普通に学園で昼寝をしていた。あいつが同室の俺に何も告げず長いこと留守にするとは珍しい。ましてや保健委員の連中にも何も言っていないとは。

「なんかあったんじゃないか…?」

「一人言なんて気持ち悪いですよ」
「のわっ!?」
「なんかありました?」
「いやそれがかくかくしかじかでな……」

この際くのたまがなんの断りもなく勝手に侵入していることには目を瞑ろう。こいつなら何か知っているような気がして事の詳細を話すと案の定、それならと口を開いた。

「それなら裏裏裏山じゃないですかね。この季節なんちゃら燕の巣が手に入るって町の薬屋さんも行ってたし」
「一人で行ったのか?」
「下級生なんて連れてったらかえって時間かかるでしょう。上級生の足なら丸一日で帰ってこられる」
「だがもう三日近く帰っていないぞ」
「正確には二日と数時間ですね。またあれじゃないですか、いつもの」
「「不運」」

まったく、何故いつもこうなるんだ。当事者でない俺が泣きたくなってくる。

「突然支度なんかして、もしや迎えに行くんですか?」
「仕方ないだろう。何かあったんなら助けてやらなきゃな」
「それなら私もついていこう。巻き込まれ体質の食満さんだけじゃ伊作さんの安全は保証されません」
「うるッさいなお前はッ!」
「じゃあ行きますよ~」

そう言うと突然ぐぐっと屈み足に力をいれだした。どうした。何がしたいんだ。説明不足じゃないか。

「せーのッ!」
「のわっ!?」

がその場を跳ねると突然景色が歪み反射的に目を閉じた。


   ***

「はい着きました裏裏裏山」
「展開が急過ぎる」
「筆者の都合です」
「出た……俺嫌いなんだよそういうの」
「うるさいです引っこ抜きますよ」
「何を?」
「ナニを」
「恐ろしいこと言うな!」
「そう思うならギンギンに働いてください」
「ナニを?」
「ぶっ殺すぞ」

「まさか最期に君達の下品な会話を聞かされるとは思わなかったよ……」

目を覆う草を掻き分けながら前進していると、小さく、伊作の声を聞いた気がした。

「聞こえるぞ……伊作の声が」
「幻聴じゃないですか?」
「そうかもしれん」
「『そうかも』じゃないよ!ここにいるよ!」
「伊作!」
「伊作さん、こんなところで何してるんですか?」

いくら不運大魔王とはいえ六年生。落とし穴位容易に抜けられるだろうに。穴の中の伊作は風呂敷を大事そうに抱えヘラヘラするばかりで這い上がろうともしない。

「いやぁ……燕の巣を庇うあまり腕をやってしまってね…プラプラだよ」
「なるほど…」
「仕方ないですね。私が中に入って伊作さんを縛ります。それを上から食満さんが引っ張ってください」
「分かった」

言うが早いか鉤縄の片方を握り颯爽と穴の中へと降りていった。

「おはよう伊作さん」
「やぁ……」
「元気ないですね、お腹空きました?そうだろうと思って食堂のおばちゃんからおにぎりとお茶貰ってきましたよ」
「それは助かるよ!ありがとう~」
「待て待て待て」

何で穴の中でお茶会始めてんだ。さっきから縄を肩にかけて構えてる俺が馬鹿みたいじゃないか。

「伊作さん、食満さんが五月蝿いのでさっさと出ましょう。縄結びますね」
「ありがとう……え?僕ちゃんに乗っからないといけないの?」
「如何わしい言い方しないでください。肩車でもして高くあげた方が食満さんも上げやすいでしょう」
「そうなんだけど……女の子に足をかけるというのが……」

暗い穴の中でそんなやり取りがしばらく続いたんだ。俺が飽きて座り込むのも分かるだろう。ようやく伊作の決心が決まり引っ張り出すと妙に頬が腫れていた。

「留三郎~……『いい加減にしろ』って殴られちゃった……」
「とんだアバズレだな」
「もう死語ですよね、それ」

いつの間にか穴から這い出たは土を払いながらいつものじとぉとした目でこちらを見ている。

「さ、早いところ帰りましょう。伊作さんもかなりお疲れでしょう」
「気を使わせてごめんよぉ……はぁ……」
「どうした伊作、ため息なんかついて」
「いやぁ、裏裏裏山から学園まで帰るのに、必ずあと一、二回は不運な目に合うんだろうなぁと思うと……」

……ああ、正直否定できない。

「大丈夫ですよ伊作さん」

俺たちの前を歩くはムッとした顔でこちらを振り返る。

「私、いまいち自覚はありませんが、幸運らしいので」
「あぁそうかっ」
「だから、私を側に置いておくといいですよ」

そう捲し立てスタスタと前を歩くの後ろで、俺たちは顔を見合わせて思わず笑った。



一緒にいたいんだと言えばいいのに。
 



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