死んで花実が咲くものか

「行かないで、伊作」

震えているのは声だけじゃない。彼の裾を握る私の力無い指もたまらなく震えているのだ。

まず一つ、当たった。

「……どうしたの、こんな夜遅くに」

まったく誤魔化しの下手な人だ。こんな夜中なのにどうして忍装束を着ているの?どこに行こうとしているの?何て問えば、君の足を止めることができるのだろう。
行かせたくない。

「悪い夢を見たの、どうしても伊作に会いたくて」
「そう言ってくれるなんて嬉しいな。僕もの顔が見たかったんだ」

静かな夜だから、伊作の声はよく聞こえるし、月が綺麗だから、伊作の優しい笑顔は十分なほどによく見える。月光を浴びる君が白く光って見えるのは、まだ夢の続きだから?

「伊作、行かないで……」

ずるいのは分かってる。泣き落としだなんて伊作を苦しめるだけなのは私が一番分かっているのに、怖い嫌だと流れる涙が止まらないんだ。

「大丈夫だよ、“それ”は夢だろう?」

その通り。夢だ。何も言い返せないで頷くと「大丈夫だよ」と優しく頭に手を置かれた。伊作が触れるところからじんわりと熱をもって、このまま溶かされちゃえばこんなに悲しい思いをしなくて済むのに、なんて、おこりもしない妄想。

「三年生の時、同室の子が辞めちゃう夢を見て、伊作に泣きついたよね」
「うん」
「伊作、大丈夫って言ってくれたのに、三日後にあの子は去った」

他にも大切な口紅を無くす夢、実習で怪我を負う夢。起きた時に泣いてしまうようなそんな夢は全部伊作に話した。その度に大丈夫なんて言って慰めてくれるのだが、一度も大丈夫だったことなんてない。正夢になってしまうのだ。

「伊作の『大丈夫』なんて、信じたことないよ」
「随分手厳しいなぁ」

「伊作、行かないで」
「それはできないよ」

「伊作、せめて、戦場で怪我人の手当てはしないで」
「それは約束できない」

「伊作、伊作……っ」

虚空に手を伸ばすようだ。
優しい顔をして、ものすごく意思が固いのをしっている。同室との揉め事はほとんど留三郎から折れるくらいに。
それでも、どうか、今回だけは。

「苦言を呈するようだけど、伊作が命を救った怪我人は、救われたことでまた戦に参加しなくちゃいけないんだよ、また、命の競り合いをしなくちゃいけないんだよ?」

私の言葉に辛そうな顔は浮かべても、彼の気持ちは変わらないんだ。 どんな忠言も耳に逆らう。それでも伝えなければ、止めなければ、私は一生後悔の念に苛まれる。

(なんて自己中なんだろう)

「僕だって帰ってきたいさ。帰ってこられないで君が別の人と一緒になったりなんかしたら僕は死んでまで不運だよ」

不運じゃない、不幸だ。なんて真剣な顔していうものだからべそかいた不細工な顔のまま少しだけ笑えた。

「『命短し、恋せよ乙女』とは言うけど 、その短い一生で伊作以上の人を見つけられる気がしないので、伊作が最初で最後だよ」



伊作の意志も伊作の体も私の気持ちも、全てを尊重しようとしてきっと全て失ってしまうなら、捨てるものなんて決まってる。

「伊作」
「うん」

「伊作、私も連れていって」
「……」

「伊作の向かうところに、私も連れていって」
「……君は、それでいいの?」

「ごめんね、伊作」
「ありがとう、




それでも君のいない世で生きるなんてできないわけで。
 



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