カポーン、と。
実習の疲れた体を休ませようと風呂場へ向かった満月の夜。
薄情にも雷蔵と三郎は先に湯を浴び、俺は一人欠伸を繰返しながら風呂場へ向かった。浴室の明かりはついていたが使用中の札はついていない。誰かの消し忘れだろうと特に気にも留めず汗と砂で汚れた装束を脱ぎいざ風呂へ。
「あれ」
驚いたことに浴槽のなかには先客がいる。お湯に浸けぬよう結わえた髪を浴槽の外へ垂らし、目元に手拭いを乗せ寛いでいる相手にご一緒しますと声をかければ湯から小さく右手をあげ了承の合図をしてくれた。
あの黒髪と細く長い手は立花先輩だろう。以前委員長改選の時に生物委員長を担当してくれたくらいしか関わりがないが、だからといって気まずい間柄ではない。……多分。
「ハァ疲れたぁ……」
実習で負ったかすり傷がお湯に浸かりチクチク痛むが、この痛みが生きてることを実感させる。
「立花先輩も実習帰りですか?」
余程疲れているのか、立花先輩は声を出さず、顔に手拭いを乗せたままこくりと頷いた。
「まぁ六年生の立花先輩程ではありませんが今日の実習がなかなか厳しいもので、」
「あー……あのさ」
「ん!?」
……立花先輩、こんな声高かったっけ。
「先程から私を立花仙蔵と勘違いしていないか?」
「げっ!?」
手拭いをはずしたそのお顔は──
「なっ、えっ、ちょっ、
先輩!?」
「五月蝿い。夜遅いんだそんなに慌てるな」
「いや慌てますよ!!!何で先輩が忍たまの風呂に入ってるんですか!というか何故逆に落ち着いていられるのですか!」
「この時間くのたまの風呂はもう使えない。そして同じ生物委員の仲じゃないか。慌てることはないよ」
「委員会なんて滅多に来ないくせに!」
あわてて先輩に背中を向けても大きくない風呂の中では気まずさは拭えず、なんともいたたまれない気持ちになってきた。くそぅ……っ俺はどうしたらいいんだ。
「確かに委員会には顔を出せていないなぁ」
一人言のように、肩にお湯でもかけているのかお湯を揺らしながらぼやいている。
「…そうですよ、だから火薬委員と生物委員だけ委員長『代理』の僕らが動いているんですから」
下級生の面倒が大変なこと。予算会議では不利なこと。あと何だ、あぁ昨日学園のそばの罠に怪我した野良犬が掛かったんだ。随分狂暴なやつ。
この際だから言いたかったことを全部ぶちまけた。背中越しだから表情こそ見えないが、そうかそうかとまるで聞き流すような雰囲気で、湯浴み来てるのに更にストレスが溜まっていく気がする……!
「そうだ、この時間伊作はまだ医務室にいるだろうか」
「え?さぁ……当番なのか、昼間はいましたけど…」
「ならいるな。どうせ不運続きで作業が滞っているだろうし」
あの六年生達にも負けず劣らずの実力を持つ
先輩が医務室に行くほどのお怪我を負われたのだろうか。
「あの、怪我されたのですか」
「ん?まぁ少しな。伊作が過保護なだけだ」
それ以上は何も教えてくれなかった。下手に聞けばまるで怪我した箇所を見せてくれなんて聞き間違えをされそうだし、ここは大人しく引き下がろう。
「それとも怪我した場所でも見たかったか?」
「いやなんでだよッ!」
「おや」
「いえ、すみません…」
この人は心でも読めるのか…!状況が状況なだけあって全く冷静になんてなれず、むしろ疲れが増すばかりだ。あ、逆上せてきた。
「さて……。で、いいのか?おなごの裸などもう二度と見られないかもしれないぞ」
「然り気無く僕がモテないこと決めつけないでくださいよ!」
「おや、それは失敬。では私は先にあがるよ。このままではお前が茹で蛸になってしまうだろうしな」
背後でザバァと湯の上がる音がして、それに負けないくらいに俺の心臓はドクドクとうるさい。……ほんとに、ほんとにちょっとだけ。俺だって健全な男なのだからいくら直々の先輩だとしてもちらりと盗み見てしまうものだ。ごめんなさい。
罪悪感と好奇心が殴り合いをしている間も、俺はちらりと浴室を出ようとする先輩の後ろ姿を盗み見た。彼女の腰に巻かれた白の布が馴染むような色白の肌と野郎にはない括れた腰、丸みのある肩…
「あ」
やはりこの人は
生物委員会委員長だ。
「なんだ……野良犬の件知ってたのか」
腕の噛み傷、残らなければいいけど。
取り合えず明日は消毒薬を差し入れに行こう。
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