「三木ヱ門いるか」
食堂に現れたあの人の姿に胸がドキリ。自然に背筋は伸び箸を持つ手にも力が入る。そして目は、髪の隙間からチラリとあの人を覗く。
……これだけだとまるで私があの方に恋をしているようだが少し違う。
正確には恋をしていた、のだ。
胸を突き刺す低音ボイス。真っ直ぐに忍を目指すその姿勢。安藤先生の親父ギャグへの流し具合なんか見ていて惚れ惚れしてしまう!そんな潮江文次郎先輩に気持ちを伝えるべく猛アタックを続けた私はついに先輩からお言葉をいただく。
「いい加減にしろ!鬱陶しいッ!」
そりゃあああああもう、いい声でした。
いい声だった分心に響くというか、忍者になるべく入学した自分が色恋に溺れて学園生活を無駄に過ごしていたことをえらく痛感いたしたのです。潮江先輩のお陰で目を覚ました私は、心を入れ換え真面目に忍術の修行に励むようになりました。本当に感謝しております。
だからこそ、潮江先輩の前ではいつもより緊張感が高まるというか、しっかりしなくてはと背筋が伸びるのだ。
「三木ヱ門ならつい先程食事を終え出ていきましたよ」
「さちこだかゆりこだかの散歩に行くと言ってました」
「そうか。鉢屋、尾浜ありがとう」
そういって去っていかれる潮江先輩の姿もまた美しい……
「ちゃん、口がだらしないよ」
「ハッ!」
「雷蔵、の顔がだらしないのはいつもだろう」
「殺すぞ三郎」
潮江先輩は一瞬だけこちらを見てくださった……はぁ午後の鍛練も頑張れる。
「なぁ、明日の学級委員長委員長のお茶出しくのたまはお前だろ?」
「そうだけど。そんなくそダサい名前つけるな」
「放課後、お茶うけの買い出しに行けって学園長先生に言われているんだ」
わーん面倒くさい!鍛練に励もうとした日に限って三郎と外出だとぉ!?
「『わーん面倒くさい!』って顔をするな」
「うるさい、分かってるなら一人で行ってこい。先部屋戻るから行くとき声かけてよ!」
「何だかんだ言ってちゃんと買い物に行くんだから偉いよね」
***
「おい」
「しっ、潮江先輩!」
背後から突然声をかけるなんてなんと心臓に悪い……!
「何でしょう!」
「そう畏まらなくていい。ただ使いを頼みたくて声をかけたんだ」
「はぁ……」
ふんわりと笑ってらっしゃる姿が、なんというかとても柔らかい雰囲気だ。機嫌がいい……というよりも鬼に念仏と言った方がしっくりくる。
「なんだ、俺の顔に何かあるか?」
「いえっ!失礼しました!で、ご用とは?」
「ん?あぁ、そうだな。こちらの計算ミスで学級委員長の活動費が余ってな。それを学園長先生にお伝えしてくれ」
「はぁ……あ、潮江先輩、手を見せていただけませんか?」
「構わん」
そういって差し出された手に自分の手を重ね、ゆっくりと持ち上げ
「せいッ!」
「のわっ」
なりふり構わず背負い投げ。残念ながら綺麗な受け身と華麗な前転でダメージを与えることは叶わなかった上に、この男、潮江先輩の凛々しい顔で下品な笑みを浮かべているのがなんとも腹立たしい。
「お前三郎だな!?」
「さすが潮江先輩のストーカー。よく私の変装を見破ったな」
「潮江先輩は計算ミスなんて絶対しないんだよーだ。あと、潮江先輩の顔で下品に笑うな!」
「なるほど」
自分から買い物に誘っておいていまだ出掛け仕度をするどころかこの様だ。さっさと支度しろと言えば生意気にも
「そんなに楽しみにしているのか」
と笑っていた。
「さっさと行けッ!」
***
「……」
三木ヱ門を探して食堂に行けば五年生と、くのたまのが食事をしていた。あのとやらは数週間前までしつこくまとわりついていた奴か。
鍛練に真っ直ぐ取り組む姿勢や自分に正直に生きるところなど、彼女への好感はもてる。しかしそれと色恋とは全くの別物だ。俺もかなりキツい言い方をしてしまったと自覚はしているが、かといってところ構わず好きだなんだと歯の浮くようなことを言われては敵わない。
あの一喝が聞いたのかあの日以来ピタリと付きまとわなくなった。仙蔵には寂しくなったなと言われたがなんてことはない。むしろ鬱陶しいのがいなくなって清々しているくらいだ。
「にしても三木ヱ門が見当たらない!あいつどこへ行ったんだッ」
噂をすればなんとやら。前をズカズカと歩くのはか。ダメもとではあるが三木ヱ門を見なかったかと声をかける。
「なぁ」
「……」
「何だ聞こえなかったか、」
振り向かせようと肩を掴んだ瞬間。
「しつけェェエエエ!!!」
「うをぉ!?!?!?」
突然腕を捕まれ体は宙に浮く。慌てて体をひねりなんとか地面に叩きつけられることを防いだが思いがけない攻撃に頭が追い付かない。
「テメェしつけぇんだよいくらアタシが優しいからって仏の顔も三度までだゴラおい」
「はっ……?」
「おいおいこっちも暇じゃねぇんだよ鍛練に励みたいんだよ買い出し行くならさっさと行くぞいつまで待たせんだゴラァ」
「おい、お前」
「何情けない顔してんだその厚い面の皮剥いでやろうかァ!? 三郎!!!」
「さぶろぅ!?!?!?」
「ハンッ、そうやってまた私を騙そうとしているな?二度も引っ掛かるかバァカ!!」
舌を出し得意気な顔でこちらを見下しているが、こちらとしては色々な驚きが一度に訪れて口も開けない。
「どうした?悪戯がバレて何も言えないってー?」
「……いや、俺は潮江文次郎だぞ」
「しつこい。つーかさっきより声帯模写スキル上がってるのがムカつくな上限知らずか」
「落ち着け!俺は鉢屋ではなく」
「本物の潮江先輩だよバカ」
「え、」
の後ろから頭を小突いたのは鉢屋三郎。
「……何故私の背後に三郎が」
「何故って、お前が投げ飛ばし罵詈雑言をぶつけたお方が私の変装ではないから」
「嘘!?!?!?」
何度も俺と鉢屋の顔を交互に見てから顔面蒼白な様子で慌てて頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません!!!!!」
ドゴッと音が聞こえるような土下座をしたのは鉢屋は、土下座をしたというより、土下座をするに無理矢理頭を押し付けられたというのが正しいか。
「イテェッ何で私まで!」
「元はと言えばお前があんな悪戯をするから私が間違えてしまったんだ!」
「変装も見抜けないお前が悪いだろう!」
「そこは精進します!」
目の前にいるのがあのはいつとの様子とは全く異なり、こちらの方が素に近いのだろう。自分でもよく分からない好奇心が沸き上がる。もう少しこいつのことを知りたくなる。近づきたくなる。
「悪かったって。早く行かないと遅くなるぞ」
「お前反省してないだろ……ッ潮江先輩、大変お騒がせして申し訳ありませんでした!学園長からのお使いがあるので、失礼致します」
何も言葉をかけられないまま、は鉢屋に連れられて行った。
今更の好奇心
廊下を曲がるとき、鉢屋はこちらを振り向き僅かに口角をあげていた。
なるほど、いい性格してやがる。
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