「雷蔵」
「……私は三郎だよ」
「嗚呼しまった。また間違えた」
「お前、わざとやってないか?」
「それを言うならわざとややこしい見た目をしているお前に非があると思う」
なんの生産性もない二人の会話。午後三時。
「はぁあ、昔の三郎は可愛かったのになぁ」
「うるさい。お前だってもっと素直だったのに」
互いの言葉に思い出すのは井桁模様を身にまとうあの頃。
「木下先生!三郎が!」
「またあいつがいたずらして迷惑を……」
「違います!三郎がボコボコにされてます!」
「何!?」
涙目の雷蔵につれられ向かった先では件の鉢屋と、彼より少し小柄の忍たまがもみくちゃになって殴りあっていた。
「こんなの!全部剥いでやる!!」
「離せ!ぶっころすぞ!」
「何をやっている!」
生徒間の問題に教師は出来る限り口を出さないのが決まりだが、組み敷かれた三郎が苦無を取り出してはそうもいかない。馬乗りになり殴り続ける忍たまを抱えあげ、雷蔵が三郎の腕をつかみ押さえ必死に抑えこんだ。
「落ち着け。何があったのか話しなさい」
「うるさい!かんけーない人は黙ってろ!」
「はなせ雷蔵!先生もそいつをよこせ!私が───」
「えぇい黙れィ!!」
忍術学園とは縦社会である。
一年生とはいえ教師にそんな口の利き方をして見逃されるわけもなく、拳骨を食らった二人は木に縛られ、夕食時まで反省していろと随分と厳しいお叱りを受けた。
「……えぇと、あの……」
二人を置いてどこかへ行くのは忍びなかった。というのは建前で、本当は何が理由であんな大喧嘩になったのか聞きたかったのだ。先生がいなくなったのを確認し雷蔵はおっかなびっくりな様子で声をかけた。
「三郎と、君は何で殴りあっていたんだい?三郎がイタズラをしたのならごめんね」
「私は悪くない」
ムッときた様子で抗議する三郎だが雷蔵の黙れという目線にあっけなく敗れ、それを見た
は少し黙り込んでから、縛られた腕で器用に袴から写真を抜き取った。
「誰?この子」
画の中の少年はあどけない笑顔で笑っていた。同級生にしては幼いようだし、でも誰かに似ているような……
「おれの弟だよ」
「君の?」
じっと写真を見つめる表情の読めない少年はふと顔を上げた。
「君、じゃなくて
だよ不破雷蔵君」
「え、何で僕の名前を?」
「鉢屋三郎に顔を使われて迷惑被ってる可哀想な被害者の名前くらい把握してるよ」
「本っ当にムカつく奴だなァ!」
「あながち間違ってはないけどね」
「雷蔵!?」
このふたりの会話に、初めて
が笑顔を見せ、三郎がそれに何を思ったのか。
いまだに飽きることなく彼にちょっかいをかける姿を見れば雷蔵だって悩まないで答えられるのだ。
「お前が殴ってきたせいで折れた私の歯を返せ」
色褪せない思い出に浸る恥ずかしさを飛ばすように、またもしょうもない言葉をかけるが彼は小さく笑っただけだ。
「まだ幼い頃だろう?お前が死んだ弟の変装をしたのがよっぽど頭にきたんだよ」
「死んだ、弟……?」
遠くの校庭からだろうか。元気に遊ぶ子供達の声の他にはなにも聞こえず、ぶくぶくと沸き上がる罪悪感に「すまない」と告げればまたも彼は小さく笑った。知らなかったとはいえ、酷いことをした。
「三郎、お前はどうして忍になろうとここへ来た?」
動けずにいた沈黙を破ったのは
の方だった。元々答えを求めてはいなかったのか、三郎が答えないでいると遠くを見つめていただけの顔はゆっくりと口を開き語る。
「俺は、弟を殺した奴を殺す。そのために忍になると決めた」
殺すという言葉は彼の冷淡な話し方の中で唯一熱をもった音に聞こえ、自分にしか語られていない野望だと思うと不謹慎ながら口元が揺る屋やかになる
。
「何もない村だった。突然忍や武人が押し寄せ全てを壊し奪っていった。忍になったら、絶対にどこの集団だったのか突き止め、殺す」
ポツリと溢した一人言にふと引っ掛かるものがあり、聞くな聞くなと止める脳内の警告を無視して問いかけた。
「
、お前の育った村の名は……?」
「名前は────」
これが運命だというなら残酷なものだ。私が鉢屋衆としての初陣を飾ったのはお前の生まれた地だったのか。
「……それは、恐ろしいな」
私がお前とこうやって他愛もない話をできるのは卒業までの僅かな時間だけなのか。卒業してしまえば、お前が忍になった時には、もう笑い合えないな。
殺し合いの未来
きっと最後に笑うのは、あの頃のように私を組み敷いて殺す時だろう?
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