君は歯車

「あ」

蝉の声も少なくなり、少しずつ葉が落ち始めるような季節の変わり目。
飼育小屋で冬を越す彼らのためのエサを探しに裏裏山に来た時のことだ。

「見て八左ヱ門」
「どうした?」

しゃがむに覆い被さるように後ろから竹谷が覗き込む。そこにいたのは小さな渡り鳥だった。

「こんなに近寄っても逃げないの。飛べないのかなぁ」
「どれどれ……」

必死に抵抗する小鳥につつかれ、「いてて」と言いながらも小鳥の様子を見てくれる竹谷のはやはり生物委員の鑑だと感心しながら、はしばらく葉の重なる音を聞いていた。

「羽が弱ってるのかもなぁ……近くに親鳥はいないのか?」
「見当たらないんだ。見捨てられちゃったのかも」

二人とも、これが渡り鳥であることを知っている。冬になる前にどこか遠くの暖かい場所へ集団移動するのだ。

「もうすぐ秋がくるね……」

ぽつりとこぼす一人言。

「まだ間に合うかもしれない」

後ろから降る声に振り替えると、竹谷は笑っていた。

「見捨てておけないもんな」
「……うん」


  ***

「八左ヱ門、見て!」
「ん、どうした?」

動物小屋を建てる手を止め声のする方へ顔を向ける。

「ほら、少しだけ羽が動くようになったよ!」
「おほー!良かったなぁこのままうまくいけば群れに戻れるかもな!」
「うんっ」
「お前が懸命に世話したおかげだな」

の頭に置かれた竹谷の手。ごつごつとして、それでいて優しさのある手だ。熱くなる頬が顔に出ていないかが気になって前を向けないまま、ただ小さな声でうん、と答えた。竹谷は気付かないままにまた笑って、豪快に頭を撫でる。

「この子を、帰してあげようね」
「あぁ、きっと仲間もこいつを待ってるだろうしな」
「うん、待ってるよ。一緒に飛ぶのを待ってる」

彼女の小鳥に向けられた目は力強く、何か大きな期待を込めているようだった。


  ***

「雨か……」

昨日まで一年生がさくりさくりと踏んでいた枯れ葉もこの雨で地面にへばりついている。
雨のせいで一段と寒く感じる廊下を歩いていると、裏庭の少し遠く、傘をさしたの姿を見つけた。

!」

彼女に一歩近付くたびに何故か心がざわつき、走る速度が自然と上がっていく。

「八左ヱ門……」

傘を指しているのに、彼女の目元はどうしようもなく濡れていたが、理由なんて話さなくていい。聞かなくていい。
の手の中で抱かれる小鳥を見れば一目瞭然だ。

「嗚呼……すまん、ごめんな……」

止めどなく溢れる謝罪の言葉は、小鳥に向けたものなのか、それとも。





結局、渡り鳥たちは例年通り飛んでいった。足りない一羽を待つことなく。

「何でもない」
「ん?」
「きっと渡り鳥にしてみれば一羽足りなかろうが何羽欠けようがきっと何でもないんだよ」

ざくり、と墓標を立てる。
眠った鳥に刺さっていなければいいなと思いつつ、竹谷は必死にの発言の意図を探る。

「いてもいなくても、大差ないし、なんの変化もないんだよ、きっと。歯車にはなれない。私たち忍とよく似てる 」

そうでしょと水を向ける彼女の顔は今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべ、それでも笑おうとしていた。

「……そうだな」

静けさを破る竹谷の声。
その言葉には何も答えず、夕日で染まる空を見上げたその姿は、夕日の赤に呑まれてしまうようで腕を掴まずにはいられなかった。

「行かないでくれ」
「……どうしたの?」
「確かに俺たち忍はいくらでも替えのきく道具だろうけど」

無意識に袖を掴む腕は力を増し、そのせいか、腕も震える。

「きっと、がいなくなったら、俺は少しも動けなくなる」
「……八左ヱ門」
「情けないよなぁ……」

濡れた目で笑うのは、この男も同じだった。





「私が死んでも、誰かは……少なくとも八左ヱ門は忘れないでいてね」
「忘れるわけないだろう。それと、死ぬだなんて気安く言わないでくれ」

真っ赤な夕日が輝く。
涙目の卵は、相手の安寧を祈り涙を拭った。  



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