目を覆い、記憶に蓋をする

何でもない日々。
みんなが退屈だと嘆くような時間も、何故か俺には幸福に思えて仕方ない。

「久々知」
、どうしたんだ?」
「さっき八と三郎がさ、『お昼は屋上にいこう』って」
「屋上は立ち入り禁止だぞ」

耳元で囁くに切り返したところで気にしない気にしないとあしらわれるだけだ。はひひ、と意地悪げに笑って俺の肩を叩き走っていった。

「勘ちゃんと雷蔵にも伝えておけよ!」

そういって自分の教室へ戻るべく廊下へ出たあいつは、運悪く木下先生と鉢合わせ廊下を走るなと怒られていた。

「相変わらずだなぁ……」

口から零れた言葉の本当の意味も分からず、用意していた教科書をめくる。昼休みまであと2時間。


   ***

授業の終わる鐘がなり、クラスメイト達は昼だなんだと教室から散った。俺も例に漏れず教室の前の方に座る雷蔵と勘右衛門の元へ行く。二人も俺に気付いて手をあげたり立ち上がったりともう準備は万端なようだ。

「先に三郎が行って場所取りしてるって」
「いいのかなぁ立ち入り禁止なのに…行くべきか、行かないべきか……」
「雷蔵迷い癖治らなかったんだなぁ」
「そういうなよ勘右衛門、僕だって好きで迷ってるわけじゃないんだぞ」

二人はどうやっているのか、足音を完全に消して階段を登っていく。俺はというとどうしても靴の擦れる音が鳴ってしまうのに。どうやっているのか聞いた所で「思い出しただけ」とはぐらかされておしまいだ。

「雷蔵に勘右衛門~久々知ぃ!」
「どうしたー」
「先生に昨日の補習課題出しに行かなきゃだから少し遅れる~!」
「ははっ、あいつの優秀さはどっか行っちまったよなぁ」
「……なんで」
「どうした兵助」
「何であいつは、俺だけ名字で呼ぶんだろう」

ふと口にした疑問に勘右衛門は

「さぁ~」

と笑い、雷蔵は

一瞬だけ、泣きそうな顔をした。


   ***

「鍵開けられたんだな」
「あぁ、お得意の鍵やぶりが発動した。で、あいつは?」
「補習課題を提出するから遅れるって」
「なるほど」

雷蔵と勘右衛門、そして半歩後ろを歩く兵助が屋上に到着したがの姿が見当たらない。
“昔”は私と争う程の学年上位の成績を誇っていたのに“今”じゃ補習常連客とは、木下先生も嘆いておられるだろう。

「それにしても八が補習を逃れたとはなぁ」
「失礼な!俺だってやればできるんだよ!な、兵助!」
「いや、あまり頭が良い印象はないが…」
「ヒデェ!!」

『印象は』か。嗚呼、雷蔵。君だけ顔に出てるぞ。八左ヱ門でさえ平静を装っているのに。

「お待たせ~」
「おう!かなり待ったぜ補習生!」

茶化す八左ヱ門をどつきながらが俺達の輪の中に加わりようやくお昼の時間と言ったところだ。

「久々知、隣良い?」
「……」
「久々知、どうかしたか?」
「えっ…いや、何でもないよ。隣どうぞ」

……今はまだ、このままでいい。たとえそれを逃げだと言われようとも。

広げられた六人分の弁当は、遠いあの頃を彷彿させた。


   ***

「八左ヱ門」

聞きなれたその声に反応し振り替えると、神妙な面持ちの兵助が拳を握りこちらに声をかける。



俺の隣に立つに向けた兵助の視線はとても鋭く、焦りと、恐怖をおびていた。

「またそんな顔向けられるなんて」

追い風がの髪をなびかせ表情を隠し、風の隙間をくぐったその声は泣きそうな、それでいて高揚した声だった。

お前は、今どんな顔をしてる?

「夢を見たんだ。が、細い声で俺の名を呼ぶ夢」
「……」
「俺も、何度も何度もの名前を呼んでいた。後ろに立つ八左ヱ門が呼び掛けるのも無視して、ずっと、の名前を」
「うん」

「お前は、一回だけ『兵助』と俺を呼んだ」

「それから、ずっと抱いてきた疑問だった」
「うん」

「どうして俺だけ名字で呼ばれるのか」
「……あぁ」

「名前で呼んでくれよ」
「……久々知、でいいだろ」
「呼べ…ッ」

苦々しくも辛そうなあいつの顔が、視界に、脳裏に映り、自分でも情けないと思いながら、と呟いた。

「……あぁ」

俺の声に反応したのか、兵助の声に答えたのか。一歩前に踏み出し、喉の奥まで息を吸って。

『久しぶり、兵助」






一瞬様々な場面がフラッシュバックし、視界はどんどんと滲んでいく。
零れた涙の理由もあやふやのままの暖かい手が俺の視界をふさいだ。
───もう思い出せない。





大規模な戦だった。
同盟国に仕えたとの偶然の再会に僕らは大いに喜び、行動を共にした。
敵方に、兵助と八左ヱ門がいることはお互い口にすることはなく、戦も佳境を迎えた。

「向こうから俺の城の誰かが狼煙を上げたみたいだ。様子を見てくる」
「じゃあは直接合流地点へ向かってね。あとでまた会おう」

気を付けてねと、言ったのに。


僕がついたとき、は血の海に沈み、兵助の声にも反応せず、静かに、微笑んでいた。
狂ったように泣き叫ぶ兵助とその血まみれの寸鉄が全てを物語っていた。
 



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