「お、休日なのに朝早いな」
「……」
「昨日は眠れたか?」
「関係ないだろ」
「あはは、そうだな。ごめん」

質問には答えてくれなかったが反抗期を迎えた廻との会話は久々だ。顔を合わせてみると普段よりおとなしい目をしているしもしかしたら少しは眠れたのかもしれない。だったらいいな。

「針はまだ寝てるのか?」
「……」
「ん?」
「ハァ……あいつに用か」
「折角俺も休みで廻も起きてる。もし針も起きてるなら三人で朝飯でも食べに行けないかなと思って」

二人で行くのは嫌だろうから針が起きてたらと思ったんだけど、この反応を見る限りまだ起きていないんだろうな。

「起こしてくる」
「え、いやいいよ俺の我儘だし」
「ちゃんとした店を決めてるんだろうな」
「それは勿論」
「ふん」

納得したように鼻で笑って引き返して行くからもしかしたら起こしてくれるのかも。そう思って念のため出かけられる準備をして待っていたところ、有難いことに既に出かける準備を済ませた二人が降りてきた。

「遅くなってすいやせん」
「おはよう針。休みの日なのに起こしちゃってごめんな」
「いえ、廻に腹蹴られた時は何事かと思いやしたが、君絡みの話な──ヴッ」
「ん?」

廻が間題ないと言うからその間に兄貴に二人を連れて外出すると伝えて車の鍵を借りる。車内の掃除は毎日してるから廻も乗れるはずだ。

「お待たせ。 じゃあ行こうか」


三人で仕事以外の外出をするのはこれが最後だった。
それ以降は廻が嫌がったから。組の為、親父のために働きたい廻は自分個人のために使う時間を嫌がった。本人が嫌がるなら無理強いはしたくないし時間が経つほど俺の立場も上がっていき、今じゃ屋敷で会えればラッキーくらいの距離感だ。
従姉が『子供の成長は早い』と言ってたけどまさにその通りで、特に人より頭の切れる廻にとっては、俺が頼れる存在であるのは本当に少しの間だったと思う。


「えっ、廻か。なんか久々だな。どうした?」
「……」
「ん?」
「気色悪いな。何をそんな笑ってる」
「そんな事ねぇよ」

笑ってないと思うんだけど、廻は納得いってないらしい。

「笑ってるとしたら廻と喋ってるからだろ」
「は?」
「お前から声かけられるのが嬉しくてな。それで、要件は?」
「玄野に免許を取らせる。名前を貸せ」
「それは構わないが、運転なら俺がするぜ」
「……」
「ん、まあいつも俺が行くってわけにはいかないもんな。わかった、書類一式渡してくれ」
「あぁ。玄野に渡すよう伝えておく」
「お前が持ってるんじゃないのか?」
「悪いか」
「わざわざお前から声掛けなくとも、お前らのする事に否と言うつもりはないんだから許可取りなんていらないぞ」

お前と話せるのは嬉しいけど忙しいのならわざわざ時間を割かなくていいよ。俺の言い方が気捨ち悪かったらしく、廻はすっごい顔を歪めて踵を返した。悲しい。反抗期の息子持った気分。
落ち込んだまま玄野に書類をもらいに行ったのが見抜かれたらしく、哀れんだ顔で肩を叩かれた。それはそれで悲しい。 昔は身長差もあんなにあったのに。

「廻は、さんの事嫌いになったわけじゃないんで。どうか見捨てないでくださいね」
「それは勿論だよ。俺はずっとお前ら二人の味方だから」
「ありがとうございます」
「お前らの保護者みたいなもんだからな」
「……それ、廻の前では言わない方がいいと思いやす」
「?」


   ***

本当に、あっという間に二人は大人になっていた。これで名実ともに自分の力で全てをこなせるようになった廻たちの行動範囲は更に広がっている。もはやあの二人が何をしているのかすら分からないくらい距離が開いてしまったが、きっと、もう──

『俺の名を呼ぶな、俺はオーバーホールだ!』

あいつが何をしたいのか分からない。でもきっともう、治崎廻を捨てて、自らヴィランを名乗ってまでするべき事があるんだろう。ならば俺は、それについていくだけだ。

「おはよう。針、オーバーホール」


───バツン。

「………あの、何で今」
「名前で呼べ」
「でもこの間名前を呼ぶなと言ってたろ。 俺だけ違うのは変だ。何か理由があるのか?」
「……」

何も言わず立ち去った。何だったんだろう。しかしその後も、俺が廻…オーバーホールの名前を呼ぶたびえらく苛ついた顔をしていた。何か理由があるんだろうが、如何せん話す機会がないので仕方がない。

「オーバーホール殿、親父殿がお呼びだぜ」
「……」

むしろ冷たくなってしまったような。俺は大人になった二人と酒を飲むのを楽しみにしてたんだが、相も変わらず自分の事は後回しの廻が酒をたしなむ機会はそう多くはなかった。
でも俺以上に親父が一緒に酒を飲みたがるから付き合い程度には同席する事がある。
勿論、一部から宗教じみた人気を持つ廻が飲みの席に参加するとあればそりゃもう大人気で、酔いつぶれた兄弟達を介抱しながらせこせことつまみを片付ける俺では普段と同じくらい話す機会がない。

「おい」

話す機会が……ん?

「水をくれ」
「おぉ、珍しいな。飲みすぎたか?」
「親父がポン酒を次々注いでくるんだ」
「そりゃ嬉しいからだよ。自分のお気に入りの相手には色々としたくなる」
「ならお前も」
「ん?」
「昔は色々と世話焼いたろ」
「そうだったな。今だって何でもしてやりたいんだぜ。でもオーバーホールの力になれることなんて俺にはないだろうから止めたんだ」
「なら気を回して世話を焼くべきだ」
「お前にか」
「今だってやれることがあるだろう」

いつも以上にゆったりとした話し方に普段ならあり得ないくらいの近距離。これはかなり酔っぱらってるらしい。

「廻、大丈夫か?」
「……」

慕う部下の前で醜態を晒すよりは俺を頼った方がマシって事だろう。蜜色の瞳が俺を映して、相変わらず人を使うのがうまいなぁ。頼られれば嬉しくなってしまう。

「じゃ、このまま抜けようか。掴まる…のは嫌だろうから、服の上からなら廻の腕を掴んでもいいか」

息を吐くようにあぁと肯定されたのを聞いて廻の左腕を掴む。足取りはそこまで不安定じゃないが、宴会場を避けて自室に戻るには仕掛け扉や隠し廊下を通らないといけない。子供のころ針がコケて額を打ったのがトラウマになってる俺としてはつい、大人になった今も不安になって仕方ない。

「……手が熱い」
「お前は酒が入っても変わらないのな。大丈夫か?気持ち悪いとかないか」
「ガキ扱いするな」
「はいはい。ほらここだよな。それじゃあおやすみ」

廻の嫌がる線引きがわからないから部屋の前で腕を離しあとは本人が勝手にやるだろう。そう思っての事だったのに、部屋に入るどころか離した腕を恨みがましく睨みつけて

「おっと」
「こんな服で寝られるか」

あんなに嫌がってたのに素手で俺の袖を掴むから酔っぱらいの力に負けた着物の襟が少しだけはだける

「甘えただなあ」

あの治崎廻にこんな酔い癖があるなんて知れたら部下に示しがつかないな。人目がない事を確認して後ろ手で襖を占める。酒の予定がある日は常に布団を干してるのを知っていたのか、廻は布団の上に立ちぼんやりとしている。倒れられたら困るから座るなりしてほしいんだけど。

「廻、転ぶなよ」
「ガキ扱いを──」
「ガキ扱いじゃなくて立派な酔っ払い対応だ。もう大人なんだから」
「……ふん」
「なんで嬉しそうなんだぁ?」

何でもいいけど早く服を着てくれよ。ガキの頃ならまだしも今の廻は目に毒だ。なんて信頼をぶち壊しそうな発言は慎むが、それにしたって風邪を引かれて困るのは俺なんだし。

「……
「ん?」
「今日はもうここにいろ」
「駄目だ。飲みの席を片付けねぇと」
「そんなのお前じゃなくていい。むしろお前が動きすぎるから下の奴らが迷惑してる」
「そうなのか?性分だから仕方ない」
「その世話焼きは俺の為だけに使えばいい」
「そうだなぁ」



うん。それは願ってもない事だけど、俺が尽くしたいのは『治崎廻』であって『オーバーホー ル』じゃねぇんだよ。
そう伝えると廻は満足そうに口の端をあげた。



Back