見習うべき点は数多く、教えられる事は一つもない。それなのに、だ。

先輩、少しいいですか」
「よくない。俺は忙しいんだ」
「でも雑誌読んでるだけじゃ、」
「漫画読むのに忙しいの。読み途中で目が離せない。集中したいから話しかけんな」
「じゃあ待ちます」
「………」
「………」
「………」
「………」
「帰れ!!!!!!!」

雄英の誇るヒーロー科一年A組轟焦凍。今更紹介の必要もないかの有名金の卵君に、俺は失恋したのだ。
話が見えない?ならヒント。『体育祭 緑髪との 個人戦』。これでお分かり頂けただろうか。俺が好きだった冷徹な目をした轟はあの決勝戦以降鳴りを潜めてしまい、今じゃ忠犬のような半分野郎がいるだけだ。
あのドンマイコール試合、最高だったなぁ。テレビ中継とか一切関係ねぇと言わんばかりの容赦ない瞬殺。クラスメイト相手とは思えない容赦のなさ。会場をゆうに超えるサイズの氷結。痺れたね。さすが轟と思った。このまま決勝まで行って、爆豪勝己というルーキーと炎対氷の試合が見られるんだと心底楽しみにしていたのに!結果はなんと悲惨なものか。爆豪がキレ散らかすのもわかる。俺だってグラウンドに缶でも投げ込んでやりたかった。勿論そういったものは会場に持ち込めないので実現はしなかったが。
とにかくあの時から俺の心は完全に冷めきっている。轟が、炎を使った、あの時から。
しかしこれがまた自業自得というか。轟が入学してから毎日校門前で待ち構え選挙活動よろしく話しかけてはシカトされを繰り返した日々が今になって仇となった。俺の顔を覚えられ、こうして立場逆転している。

先輩」
「しつこい」

掌に張った氷を砕く。パキリと高い音が静かな教室ではよく聞こえた。

「今のお前に俺は微塵も興味ない」
「じゃあどうしたらいいんですか」
「それは言えないけど」
「なんでですか」
「食い下がるなよ……」

そもそも2年の教室に入ってくるな。クラスメイトから変な目で見られている。『良かったな!』という余計な声も後押しをし、轟はもはや遠慮することなく教室まで俺を追ってくるようになった。

先輩も氷を操る"個性"なんですよね」
「お前の下位互換だけどな」
「触れた水を一瞬で氷に変えるから体温は下がらねぇし、ある程度形をいじれるって」
「どっから仕入れたのその情報」
「前に先輩が言ってたじゃねェか」
「ガッデム過去の俺……!」

もうのんびり雑誌を読む気分ではない。乱暴に雑誌を閉じたが、轟はそれを俺が話を聞く気になったと勘違いし勝手に前の席に座ってきた。その席、女子の間でプレミアになっちゃう。

「何で急に声かけなくなったんだ」
「逆に何でお前は今更付きまとってくんの」
「付きまとってるわけじゃ……」
「なら、ここ2年の教室だよ。間違えてるなら帰りなさい」
「……」
「……」

色の違う2つの目はどちらも俺を捉えている。


「ハァ、お前さぁ……」

俺が口を開くと轟は少し前屈みになる。俺の発する言葉一つ聞き逃さないとでもいうようにこちらに顔を向けるのだ。俺の声量によって距離感をかえ、俺が不快にならない、しかし声が確実に届く距離を選んでいる。ところ構わず話しかけて来るように見えるがその実、俺が人といる時は決して寄ってこない。
強引な天然男かと思いきや気の遣えるやつだからきっと、俺が避けるようになった理由を話せば身を引くだろう。

しかし残念ながら俺には、それを口にするのは酷に思えて実行には移せなかった。

「もう興味がなくなったんだよ。あるだろ?片思いが勝手に冷めちゃう、そんな感じ」
「経験がないからわかんねぇ」
「わかんねぇなら尚更、そういうもんかと身を引けよ」

そもそも何故今まで一切振り向かなかった男が急にここまで執着してくるのかがわからないから不気味なんだ。特段俺が行動を変えたことはない。押して駄目なら引いてみろとはよく言うが、体育祭以降話しかけなくなった事が功を奏してしまったということなら大変遺憾である。

先輩?」
「なに」
「どうしたんですか、ぼーっとして」
「はあ?お前、そんな相手の事見れる奴じゃなかったろ」
「……あるやつに目を覚まされて」
「ふぅん。それは体育祭でお前が炎を使った時?」
「あぁ」
「あーやっぱりね」

ならそれは緑谷出久の事だろう。轟をヒーローとして一段成長させた男。俺が好きだった轟を消してしまった男。

「あんたに言われてきた言葉があの時から急に理解できた。今まで散々褒めおだてられてきたのに何にも耳に入ってなかったんだ」
「あぁそう」
「『火も使えるのに勿体ない』って類の事はよく言われたが、氷の個性を手放しで褒めてくれたのはあんただけだ」

そりゃそうだろう。同じ氷の個性を使う身としてはそんなの当たり前のことだ。他の似た個性の奴が話しかけなかっただけで皆同じことを思ってるし、俺も当たり障りのないことしか言ってないはずだ。覚えてないけど。

「あんたは俺の氷結を最強だと言っていたが先輩だって十分すげえし、綺麗だ」

『轟の扱う氷はとにかく実用的なのに綺麗だ。すごいな。よっぽど練習したんだろ!強いだけじゃない。見惚れちゃう技ってやっぱヒーロ ーにぴったりだよ!素人が見てもすごい!って思える技は人を安心させるから』

「そんな事言ったっけ。つーかよく覚えてるな」
「ああ。俺をヒーローと言ったろ」
「うん……あん時はね」
「ならなんで今はダメなんだ」

さすがの轟も俺の対応にイラついてきたらしい。声に圧がかかってきたし目も鋭くなってる。そんな顔しないでくれ。余計にお前を嫌いになる。

……ああ、そう言ってしまいたいのに勇気がないんだ。
わかってる。親の罪は子に引き継がれない。だから焦凍は関係ない。 頭ではわかってるんだ。
でもさ

「……俺は、スタントマンになるのが夢だったんだ」
「え?」
「でもこの腕の火傷じゃあ誰にも“なれ”ない」

あの時のエンデヴァーは本当に俺を助けたのだろうか。命を救われたが、今までの時間も夢も潰えてしまったのだ。
だから火はダメ。ヒーローが使うものじゃない。

「火がさ、嫌いなんだ」




俺の夢と恋心。



Back