ホークスはの事が大の苦手だった。苦手なのだが悲しき哉、同じヒーローでありしかも管轄する地区が隣接しているため、ホークスの努力だけではどうすることもできない様々な理由で顔を合わせなければならなかった。
この日もそうだ。事務所宛に届いた郵便物は既に何も知らない事務員によって開封されており、なんてことのない顔で手渡された。
「……」
出席者一覧の中にある名前を見て目元を覆う。事務員は不思議そうに首を傾げながらスケジュール管理をしつつ部屋を出た。
「三日間あるのに何で被るんだよ……」
名簿にある一つの名前を指でコツコツと叩く。本人になんのダメージもないのは分かっているが、この気持ちが落ち着くまで無意味な行動は止められそうもない。
***
受付時間ぎりぎりに会場入りしたのは万がーにも見つかった時に、あの男と接する時間を減らすためだった。資料を受け取り運よく空いていた後方の席に座りすかさず辺りを見渡す。
後方席の事など気にせず前の方に座るエンデヴァーがおかしくて少しだけ緊張が緩んだが、そこから少し視界をずらした先でファットガ厶と談笑する男さえ見なければ落ち着いた気持ちのまま講習を終えられただろうに。
「あ゙ー」
机になついた額は思いのほか大きな音を立てた。落ち着かなければとは思いながらも体はもう言う事を聞かず心臓はその存在を激しく主張してくる。存在してはならないそれを、感情を消してしまう術は現代の公安でもまだ見つかっていない。
(『ハニートラップ』なんて言葉が消えないわけだ)
己を卑下した笑みも講習が始まったのと同時にこわばった表情に変わる。
ああまさか、今日の進行補助役があの男だなんて見落としていた。自分としたことが痛恨のミスだ。書類を読む目が滑って内容が頭に入ってこない。視界に入るだけでこれなのだ。
まったく本当に、片恋というやつは面倒この上ない。
「今回の議題を起案した経緯については後ほど別紙を確認してください。の作った資料に根拠としたデータや関係機関の論文を抜粋した記事を載せています」
グレーのスーツを着たが軽く会釈をする。物珍しいスーツ姿につい目が行ってしまったせいで一瞬だけ、しかしばっちりと目が合ってしまった。ゴーグル越しだから向こうは気付かなかったかもしれない。そうであってくれ。再び主張を始めた心臓を黙らせるように掌を強く握る。手元の資料を読みこんでもやっぱり頭には入ってこなかった。気持ちも落ち着かないまま休憩の時間がやってくる。
「ホークス!」
「さん」
「や一久しいな!先月はー回も会えなかったもんな」
休憩時間になると男はホークスの元まで一直線でやってきて、会えなかったなんて言い方一つでホークスを喜ばせてしまう。そもそも進行役である彼はいつものヒーロースーツと違い細身のスーツなのだ。目に焼き付けたい気持ちを堪えてできる限り冷静な対応をとるには心を無にしなければならない。この時ばかりは公安で学んだことが役に立ったと気を落ち着けたのもつかの間。はすぐにホークスの心を弄ぶような発言をした。
「お前、研修中ずっとエンデヴァーさんの事見てただろ~丸見えだぞ」
「え?」
「大丈夫。ほかの人は気付いてないさ」
「……」
「そう怒るなって!あれだったら近くの席に座るか?あの人の横なんて怖くて座れないからいつも空いてんだ」
「結構です。別に今日は彼に会うために来たわけではないので」
「えらいなぁ仕事は仕事で切り替えてんだな!」
「そうではなくて……いや」
もういい。この男の残酷さに付き合っていては自分が傷つくだけなのだ。
前にから連絡先の書かれたファンレターとプレゼントを渡されたことがある。雑誌やCMで何度かホークスと共演したことのあるを同じ事務所だと思い込んだ女優が経由でホークスに渡してきたのだ。あの時はぞっとした思いでファンレターの送り主に怒りすら覚えたし、微塵も嫉妬や悪意を感じさせないの態度になんとなく物悲しい気持ちにもなった。
『さすが、人気者だな。皆の役に立てるヒーローなんて誇らしいよ』
なんて笑顔の言葉でホークスの中にあった負の感情が浄化されてしまう。少女漫画で飛んでいるわざとらしいトーンが現実にもあるとしたらきっと今自分の周りには大量に舞ってしまっているだろうと恥ずかしくなって手早く荷物を受け取り逃げ出したのだった。
「大丈夫か」
の声で我に返ったが、思いがけず近くにあるの顔に喉から変な音がでた。
「ボーっとしてたけどやっぱり疲れてるのかな」
「いや、まあ忙しくはありますね」
「そうだなあ。労いたいが、俺にできることなんてあったかなぁ」
「ええ。ありますよ、色々と」
「ほんと?教えてく──あァ残念、休憩が終わる。また後でな!」
去り際にの手がホークスの肩に乗せられ、そこから驚くぐらい熱が広がっていくようだ。その熱が顔にまで登ってくる前にと席に座り、配られていた水を一気に煽った。
(さんからのお誘いってことでしょ。やりたいことなんていくらでもある)
その後の講習はほぼ頭に入ってこない。が自分のために割いてくれるという時間をいかに有意義に使うかが今最も頭を使うべき議題だからだ。が前にジンギスカンを食べたことがないと言っていたから連れて行ってあげようか。いやしかしあの立派なスーツに匂いをつけたくないかもしれない。なら行きつけの個室の焼き鳥屋にするか、もしかしたら向こうがおいしいお店に連れて行ってくれるかも。
そんな事を考えているからつい目線はの方に向かっていて、まるで示し合わせたように目が合い、あろうことかウィンクをされた。そんな事したら周囲から不審に思われるじゃないか!
ホークスが一人悶々としているうちにその日の講習を終わり、さりげない態度で主催の片付けが終わるのを待っていたが、用を済ませたが駆け寄ってきてまたおとなしくなっていた心臓が煩くなる。
「ホークス、思いついたぞ!俺でもできること」
「ふーん。なんですか?」
「お食事券を用意するよ!うまい事誘導するからエンデヴァーさんとサシ飯に行ってこい!」
限度があるよっ
「どうしたんだよホークス?おーい」
「……」
「啓吾くーん」
「……ずるいですさん」
「ん?」
「いいです。今回はさんがごはん連れてってくださいよ」
「俺でいいのか?」
その声が嬉しそうに聞こえたのが自惚れじゃないといいけど。
盗み見た顔はやっぱ綻んでたし、まだ望みがないって捨てきれないんだから、本当にもう!
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