殺されることになっても構わないと思ったんだ。
「治崎」
むしろ治崎自ら手を下してくれるならそれすら幸福だとも思ってた。
「ごめん」
ここで死ぬことよりも、このまま胸の内の感情を飲み込み続けているほうがよほど辛かったから。
「お前への思いがもう、尊敬の意味では収まらなくなってんだ」
前を歩いていた治崎が足を止めこちらを振り返ったのはおそらく俺の言葉の意味を理解できなかったのだろう。それでなければわざわざ俺の言葉に足を止めるわけがないし、その目をこちらに向けることなどあり得ないし。あぁもしくは、すぐに理解して嫌悪を露わにしてあと数秒もすれば俺の身体は文字通り消されているかもしれない。それならそれで歓迎だと、目も合わせられないくせに開き直って裁かれるのを待っていた。だのにいつまでも治崎の手は伸びてこない。恐々と視線をあげるとわずかに目を見開いた治崎と目が合った気がした。というのもすぐに逸らされたから視線がかち合ったと言うには自信がない。
「尊敬でないならなんだというんだ」
「あぁ……」
どうやら前者だったらしい。なんとかオブラートに包んで発した言葉を自ら噛み砕いて説明しないといけないなんて。
「慕情かな。仁愛、情愛……少なくとも治崎が望む形ではないと思う」
「……」
それから少しの沈黙があって、治崎は軽い口調で
「好きにしろ」
と、それだけ言って歩いて行った。なぁそれって、肯定してくれたって事でいいんだよな?嬉しくなって「大切にするよ!」と叫んだら後ろから歩いてきた宝石にひどく冷めた目を向けられた。構うもんか、今の俺は幸せ者だ。このまま喜びに浸っていられたら嬉しいのだが、仕事はきちんとこなさないとそれこそ消されかねない。いつも通り風呂を洗って夕食の下準備して干しておいた洗濯物を取り込んで市場が閉まるまでデイトレードで資金繰り。──あぁもしかしたら俺みたいな優秀な下働きを手放すのが惜しくて俺が喜びそうな言葉で濁す回答をしたのかも。
「……」
「さっきまで挙動がやかましかったのに急に静かだな」
「うるせぇ……いいからさっさと洗濯物だせ殺すぞ……」
いや、元々墓まで持っていくはずだったものを本人に打ち明けられたんだ。これからは堂々と本人に好きだと伝えられる。今はその事実を喜ぶべきだ。
「ふふっ」
さっそくその日の夜の結果報告で利益を報告する時、今までは気持ちがバレるのが怖くてできなかった分、めちゃくちゃ目を見て話してた。一度視線が合ったもののすぐ逸らされたがそれも照れ隠しでは?とか思うと今までよりずっといい。むしろこれからの報告が今から楽しみでしょうがない。
「報告は以上です」
「あぁ」
「それと……」
「なんだ」
「おやすみなさい、治崎」
「……」
不気味な動きで自室まで駆けて行った様子が気持ち悪かったと、現場に居合わせたらしい玄野に言われた。何見てんだボケ。
***
それから一週間、俺はずっと浮かれていた。洗濯物も手ずから受け取りに行って治崎の分だけ柔軟剤たっぷり入れて洗濯したし治崎が外へ出ている間に部屋の空気を入れ替え滅多に使わない布団だって頻繁に干した。睡眠はしっかりと取ってほしいから食事のため大部屋に行っているうちに布団を敷くことだってある。潔癖症の治崎が自室への立ち入りを許可してくれてるなんてそれはすごい事だろう!それを玄野に話したら渋い顔をされたから、重役幹部たちにとっては大したことないんだろうな。悔しい。
俺が一対一で話ができるのは平日の夜、その日の純利益を報告し、翌日の取引についての大まかな狙いを相談する時くらいだ。この組では俗にインテリヤクザと呼ばれる俺の数少ない相談相手で話の通じる知的さもまた俺が惚れた一因なのだがこれからはそれを堂々と本人に告げられる。当然治崎は不備に対して指摘をするだけでそれ以外には一切反応を示さないが、向こうから追い出されたことは一度もないので聞き流しのラジオ程度の存在に思ってくれてるんだろう。ならそれで充分。
「そうだ。明後日の夕食は俺が食事当番なんだけど何か食べたいものとかあるか?最近まともに食ってないだろう。好物なら食べるかなと思って──」
「おい」
「え?」
今まで黙って向かいに座っていた治崎がいつの間にか俺の方を見つめ……いや、睨みつけてる。声を掛けられたことに浮かれた俺は「なに?」なんて言いながら傍によってしまったから、治崎は更に緊張感を増して睨みをきかせてきた。こわ。
「一度了承しただけでもう恋人面か。鬱陶しい」
「えっ!?」
抑え切れず素っ頓狂な声をあげてしまったが、まだ治崎の手袋ははめられたまま横目でこちらの様子を伺っている。俺は震える唇でなんとか返事をした。
「俺としては…好きでいる許可を得られたと思ってるから……恋人面なんて、まるで治崎も俺の事好いてくれてるなんて烏滸がましい事は思ってないよ」
そんな恐れ多い勘違いするほど耄碌してないって!自虐を挟んで空気を和ませようとする俺とは違い治崎はものすごく不機嫌そうな顔をして───
「あれ……?」
目が覚めた時は廊下に転がされていた。
「治崎、もしかして俺の事分解した?」
「……」
「いやぁ、気付いたら廊下で寝てて腰が痛いんだ。若いころは外で寝てもへっちゃらだったのにな」
「……」
「確か昨日は、あぁ、俺がしつこいって話だったっけ。浮かれていた自覚はあるし、これからはまた今まで通りに」
「筑前煮」
「え?」
「夕食を決めろと言っただろ。今朝、親父が久しく食べてないと話してた」
「あぁ。あぁ、分かった、ありがとう!覚えててくれて嬉しいよ」
「……」
「いってらっしゃい」
「……あぁ」
玄野達を連れて外へ出てしまった。昔から昼間は俺が介入する余地がない。話せる時間は夜の報告と拳銃の手入れの時間くらいだから、今は宛がわれた業務に専念しないと。
「よし、やるぞ~」
***
「おい」
「……」
「返事をしろ」
「あ……治崎?」
「無断で報告を怠り、俺にこんなこんなかび臭い部屋に来させるとは随分偉くなったものだな」
「ん?どういう意味だ?」
スマホのディスプレイに浮かぶ05:49の文字。まだ夕方だ。報告には早すぎるのに何故お叱り、それもわざわざ若頭自らこの部屋に来るなんて。あれ、今自室に来てる治崎は本物か?
「……治崎?」
「なんだ」
「まだ6時前なのにどうした?何か急ぎのようでもあったか?」
何故か視界が霞む気がするが、目の前の治崎が腕組みをしてこちらを睨んでいることは分かる。いつまでも汚い部屋に立たせるわけにはいかないし、すぐに廊下へ出て──
「おっと」
「チッ…」
「ごめん、なんか、脚の力が抜けた」
「ふざけんな。見ろ、今の接触で一気に鳥肌が立った」
「ほんとごめん、嫌いにはならないでほしい」
「チッ…」
二度目の舌打ち。これは嫌われるまで秒読みだろうなぁとかぼんやり考えながらなんとか立ち上がる。意外な事に治崎の方から振り払う事はしなかった。
「寝ているなら消してやるつもりだった」
「え?寝るって、まさか……っ」
締め切ったままのカーテンを開けた瞬間に目を差す日光に目眩どころか頭痛さえしてきた。自分でもドン引く集中力というか、周囲の見えなさに呆れてしまう。5時って朝の5時だったか。
あぁ、これから治崎への謝罪と罰を受けて、今日こそ洗車して、午後には銃の備品が届くから動作不良を起こしてる5丁のメンテナンスに夕飯作り……完全にやらかした。絶対に夜通し作業をしていい日ではなかった。
「申し訳ない。報告を怠ったのは米国株に動きがあって目が離せなかったのと、以前から競りにだしていた土地の値段が高騰し……いや、言い訳だな。面目ありません」
「自覚があるならいい。さっさと寝ろ」
「いや」
「なんだ」
「規律を破ったんだから何かしら罰を受けないと」
「ハァ……何故わざわざこんなところに俺が来たと思ってるんだ」
「ん?」
「朝飯を食う時間はやらん。3時間だ。今すぐ仮眠をとって仕事をしろ」
「なぁ、これって甘やかされてるのかも、って浮かれちゃうんだけど」
「……。もういい手っ取り早く再構築だ」
「嘘嘘!そんわけないよな!図に乗った!」
「チッ」
三度目の舌打ち。俺はすぐ浮かれポンチになって軽率な発言をしてしまう癖があるらしい。それも治崎を好きになるまで知らなかった自分の新たな一面だと思えば喜ばしい事だが。
「とにかく、治崎が来てくれてすごく嬉しい。今日は必ず俺から会いに行くから」
「……」
「あ、勿論仕事でだから!」
「寝ろ」
***
仮眠を取れて良かった。洗車の為の車出しは車体を傷つけて指を詰めるような事にはならなかったし銃も3丁整備を終わらせた。……と言っても、洗車中俺の不注意で水を丸被りし着替える羽目になるし、銃だって本当なら5丁手入れするはずが半分程度。更には株の方も前情報の入手不足で空売りが大損。利益どころかマイナスを出す始末であぁほんと、自己嫌悪に苛まれてばかり。親父が夕飯を褒めてくれなかったら俺は庭で腹切ってた。
「失礼します……」
「入れ」
「治崎、今日は本当に申し訳ない事をした」
「朝と変わらない不抜けた面だな」
「あぁ、今日はもう全てがうまく行かなくて。この報告が終わったらもう一度見直ししておかないと」
「そうか。明日は週休だ。多少の無理は問題ないだろう」
「ははっ、この様子だと明日の休みは返上だな。今日の損失分だけでも回収したいし」
「……チッ」
「また舌打ち……」
「なァお前は」
「ん?」
「仮にも俺に好意を持っているというのならすべき事があるだろう」
「そうだよな」
「……」
「治崎が理想とする組の為にも、今まで以上に働くわ!」
「チィッ……!」
五度目の舌打ちの後、体が弾けた感覚がして、そのまま朝までぐっすり眠ってしまったらしい。また床で寝てる。きっとまた何か治崎を不満にさせる発言をしてしまったのだろう。再構築されたおかげで体が軽い。とにかく謝りに行こうと立ち上がった時、治崎が部屋へ戻ってきた。
「治崎」
「……」
「何か気に障ったならごめん。それに、見直すなんて言いながら一晩寝てしまった。まだ朝だし、今からやれば取り返せるから──」
「」
「ん?はい」
「体は快復しただろ。なら付き合え」
「え?」
「今日は一日外に出る。お前が運転しろ」
「……」
「何だ。休み返上で働くんだろう」
「いや、へへ……ドライブデートへのお誘いじゃーん!なんて、浮かれてた」
「そうか」
「おっし!今日もお仕事頑張るぞ!」
「……チィッ」
舌打ちn回目
「あれ?玄野まだ支度してないの?」
「……。俺は別ので行く」
「そうか、ならもう完全にドライブデートじゃん」
「そうだろうよ」
「ははっ!玄野も冗談とか言えんだな!」
「チッ!!!!」
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