仕事を終え帰宅したのは午後7時半過ぎ。なんとか時間には間に合ったらしい。早足で帰ってきたからものすごく暑い。冷房のスイッチを入れ、買ってきた食材を冷蔵庫へ移す。まだ15分あるからシャワーにも入ってしまおう。全ての準備を済ませて机の上には簡単な夕飯と酒。時刻は7時58分。
よし、完璧だ。テレビの電源を入れ目的のチャンネルへ回す。今夜のテレビに出演するのだ。俺の恋人が。
派手な演出のオープニングが終わると出演者の座るひな壇が映される。前列の右から二番目。普段から格好いいが、やはりメディアへの出演となると普段はしないメイクまで施されるため男前度が増している。
録画もしておいて良かった。ビールのプルタブを持ち上げ缶のままいただくのは維がいるとできないことなのでこういう日だけのお楽しみだ。
『ベストジーニストさんはヒーロー活動だけでなくファッションモデルとしてもご活躍されていますが、プライベートの時間とかは取れるのですか?』
『まぁ仕事の時間よりは圧倒的に少ないが、全くないわけでは無いですね』
『なるほど。ありきたりな質問ですが、お休みの日は何をされているんですか?』
『ふむ。友人と食事に行ったり、家でくつろいだりしています』
もうメディアなんか何度も出てるくせに、緊張しているのか声に張りがなくて笑ってしまう。本人にこのことを指摘すれば間違いなく否定するだろうがこの時の維は絶対緊張していた。
『俺もですねぇ。インドアなんで、友人に飯に誘われたりしない限りは家にいます』
『なるほど。……もしかしてその友人と言うのは?』
『ハハ。ご想像通り、つ──ベストジーニストですよ』
どうせカットされているだろうと高をくくっていた俺へのインタビューシーンが流れてきたことに驚いて摘まんでいた玉こんにゃくが皿へと戻っていった。落とさないで良かった。カーペット変えたばっかなんだから。
『二人は公私ともに仲がいいと、SNSでも有名ですよね』
『そうですね!本当に気の合う友人なんですよ。ね、ジーニスト!』
『あぁ。気の置けない友人です』
「………友人」
自らの言葉に傷ついてバカみたいだ。先に言ったのは俺なのに。空になった缶は甲高い音を立てて潰れていく。なんとか自立する空き缶を机の端に寄せて二本目を開けた。これはヤケ酒ではないが、胸にくすぶるやるせなさというか、腑に落ちない引っ掛かりを流しこむように少しピッチを速めた。
『まだ、友人という事にしないか?』
最初にそう言い出したのは俺だったが、維の方も同じ考えだったのだろう。メディアの前で恋人と公言する事はなかった。だってその方がいいのだ。ゲイだとカミングアウトすることで維の仕事に影響が出るかもしれないし、二人で外食に行くのも出かけるのも、世間が放っておいてくれるのは俺達が友人だからだ。ただでさえプロヒーロー同士の恋愛沙汰はワイドショーの格好の餌なのに、いまだ「イレギュラー」とされる俺たちはどれほどの事になるかわからない。
「名前だけだ。そんなの。俺達が一緒にいられるなら名前なんてどうでもいい」
世間に対して嘘をつくようなことをして心が痛まない、とは言い切れないが、まだこの日本で大っぴらにできる程世間の理解度は追いついていない。
余計な考え事をしている間にテレビはCMに切り替わった。この時間を有意義に使わねば。潰した空き缶を台所で濯ぎゴミ箱へ放る。先程冷蔵庫に入れておいた惣菜や即興で作った軽食を皿に乗せ、箸を二膳並べる。そろそろ維も帰ってくるだろう。そう思っていたらタイミングを図ったかのようにドアの開く音がする。
「お、帰ってきた」
丁度CMも明けた。テレビに映るセットに維は少し目を見開いてすぐに眉を寄せた。
「どうせ録画もしているんだろう」
「お前の顔を忘れないように見てたのさ」
「成程。確かに君は少し頭が弱いからな」
「カ〜ッ!大好きなお前のこと忘れるほど馬鹿じゃねぇからー!」
「………」
「照れてる」
「口を閉じろ」
ユニフォームのせいで顔などほとんど隠れてるけどそれでも確信を持って言える。自惚れじゃない、維も俺の事が好きなのだ。
「あ、先シャワー入ってこいよ。用意しておくから」
「いいのか?」
「勿論。なんで?」
「部外秘なので詳しくは言えないが、かなり大きい仕事が入ってね。しばらく帰って来られそうにないから、今は二人の時間を優先し、君が寝てから入ってもいいと」
「うわぁ、そんなに俺のこと考えてくれてんの?」
「……茶化すならいい」
「待って待って、感動しちゃったんだよ!」
「……」
「俺はお前が無事帰ってきてくれただけで嬉しいのにさ、維がそんな事思ってくれてるとは」
服の中に顔を埋めて何も言わなくなってしまった。照れてる。可愛い。意外とちゃんと言葉にすることもないから俺も恥ずかしくなってきた。
「おかえり、維」
「……ただいま」
綺麗好きの維は何だかんだいいつつシャワーに入り、そのすきに俺が食卓を並べる。不思議なものであんなに家事嫌いだった俺が楽しんで夕飯の支度をしているとは、全く恋とは不思議なものだ。
「すまないな」
「先に帰ってきた方が用意する約束だろ?」
「そう言っていつも君にさせている」
「人気の差だな。言わせんなよ」
よく言うよ、とあしらわれたが維の方が忙しいのは事実だ。だから家にいるこの時はこいつにとって羽を伸ばせる場所であってほしい。甘やかしていたくって。
「も飲むだろう?好きそうなワインを見つけてね」
「お、嬉しいねぇ」
「労いたいのは私も同じだよ」
「え、声に出てた?」
「顔にね」
「おわぁ恥ずかしい」
「ふふ」
「…………へっ」
幸せだなぁ
アンハッピー
そういえば『大きい仕事』ってなんだろう。端くれとはいえ俺もヒーローだし、箝口令がひかれてるくらいの仕事といえば相当の規模だ。今雄英もかなり騒がしいし、ヴィラン連合関係かな。だとしたら大変そうだなぁ……
帰ってきたらめいっぱい労ってやろう。
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