中学三年生の春もまた、例年通りだった。
何故自己紹介で個性を言わなければならないのだろう。
“洗脳”の二文字にぼんやりと外を見ていた生徒や眠そうにしていた生徒まで視線を向ける。三年間同じリアクションを受けたということは学年全体で噂になっているわけではなかったのだとポジティブに受け取ろう。そう思いながらやや俯き加減で中身の薄い自己紹介を終えた。このHRが終わればまた攻撃のような質問の嵐だろう。慣れた、つもりだがそれでも憂鬱だ。ぼんやり空を眺め時間を過ごしているとクラスの後方から野次が飛んだ。

よっ、喧嘩番長!

……なんて時代錯誤な。一体その“喧嘩番長”とはどんな人物なのだろうかと興味本位で顔を向けたタイミングで一瞬、目がかち合った。

です〜。俺の個性は今どきレアな無個性でぇ、好きな食べ物はハムカツ。今はコンビニ巡ってヤバそォな味のお菓子探しにハマってます。よろしくぅ」

新学期らしからぬだらしない格好にだらけた話し方。一部のクラスメイトからの野次を適当にあしらって席へと戻っていくが、踵を踏んだ上履きがズルズルと鳴いてうるさい。とにかく積極的に関わりたいとは思えない人種だった。

「よっこらせっくす」

最低だ。心底近づきたくない。そんな男が自分の斜め後ろの席にいるという事実。まだ午前の授業が始まったばかりなのに気分は既に最低値だ。


「心操君の個性って、どのくらい洗脳できるの?」
「例えばさ、嫌いなやつに死ね!て言ったら死ぬ?」
「お前冗談でもやめろよな〜っ心操に悪いだろ!」
「………はは、慣れてるよ」

うまく笑えているか自信がなくて窓を覗くと、口角を不自然にあげた情けない自分の顔が映っていたので目をそらす。逸したところで見えるのは興味本位で不躾なことを聞くクラスメイトの顔なのでどちらも苦であることに代わりはなかった。

「なぁ、お前が“洗脳”の個性持ったらどうする?」

貼り付けていた不自然な笑みも、の名前を出されてはつい剥がれる。何故、そこに話を振るのか。

「俺は絶対そんな個性持てねぇわァ。お前らも無理だよなァ」
「ハハッ!わかる〜!」
「………」

眉間に皺がよるのにも気付かず、笑ったままの口とはあまりに不釣り合いな怒りとも悲しみとも似つかない目元は机の木目を穴が開くほどに見ていた。顔を上げられるわけがない。強く握る拳が慣れてる慣れてると繰り返し宥める。

「俺やお前らが"洗脳"なんて最強の個性持ってたら絶対悪事に使うから。授かったのが心操で本当に良かったわぁ」
「…………え───?」

漏れた声はクラスメイト達の笑い声でかき消えた。

「『授かった』とかっ!」
「お前が一番悪いことに使うだろ!」
「うるせぇお前らも似たようなもんだ」

好き勝手盛り上がるクラスメイトは少なくとも6人はいたが、今心操の目に映っているのはただ一人だけだった。



   ***

「お、心操人使」
「………」
「うそォ、俺のこと覚えてない?だよ。中三年の時同じクラスでさァ」
「覚えてるよ」

心操の返事に意外、と笑うは心操が何故こんなに驚いているのか気付いていないらしい。心操からしたら何故卒業式で別れた筈の男の顔をこんな直近で見る事になったのか、理解が追いついていないのに。

「ヒーロー科は職場体験で普通科は現地集合の課外活動じゃ差がありすぎじゃね?お前みたいなタイプは特に色々納得いかないじゃんな」
「……
「あ?」
「お前も雄英にいたのか?」
「そぉだよっ何今更っ!」

気付いてなかったとか鈍すぎる!そんな小馬鹿にしたような笑いを含んで、は内ポケットからくたびれた財布を取り出し、その中にしまわれた学生証を取り出す。手に取って見たりはしなかったが、おそらく、本物。

「……え、なんで?」
「なんでって!たまたまで受かるもんじゃねぇだろ」
「アンタがヒーロー志望だとは思わなかった」
「別にヒーローとかどうでもいいんだけど」
「じゃあなんで」

会場に行くまでの繋ぎで会話が止まらない。同じ会場に向かうのにここで別れるのは不自然だが、在学中もさほど会話した覚えもない相手だ。沈黙にならないため頭をフル回転させて必死だった。なんとなく、どういうわけかこの男にだけはつまらない人間だと思われるのが癪だったから。

「なんでって、お前を追っかけて」
「…………………はァっ?」
「あはは!また変な顔してらァ」

今なんて?誰を追っかけて?そして何が"また"なんだ。
聞きたいことの一つも聞けないまま男は会場行きのバスを捕まえ乗り込んだ。バスの中は混んでいて、先程の話を蒸し返すことはできなさそうだった。バスを降りるまでずっと肩はくっついたままだったから、降りたときに吹く風がいやに感じられた。

「体育祭の、心からの叫び!みたいなやつ最高だった」
「……」
「中学時代の3年間、お前がずっと拳固くして我慢してた言葉がやっと聞けたなァって」
「待って、同じクラスになったのって3年の時だけだよね?」
「そうだけど。でも1年の時から知ってンだ」
「個性のこと噂になってたか」
「違うよ」

バス停から徒歩10分で会場に着くという。さっきは早く会場へと願っていたのに、いつの間にかもう少しこのまま話を聞いていたい気持ちになって仕方ない。

「1年の春、俺の幼馴染がお前の個性のこと、茶化したろ。あん時から作り笑い浮かべてじっと我慢してる心操を見てさァ、イイやつだなぁって」
「見てたのか」
「俺ならキレてぶん殴ってるのに、お前ブサイクなツラで笑って我慢してた」
「ブサ……」
「あんときからさ、俺、お前に惚れてんの」

言葉の重大さに気付かずそのまま数歩歩き続けた心操もようやくはたと足を止めた。

「ちょっと待って今の何」
「告白」
「えぇ……」
「『キメェ』とか『やめろ』とかそういう言葉を使わない倫理観も好き」
「……ってさ、昔からそうだよな」
「なにが?」
「言葉に遠慮がない」
「ごめ〜ん?」

なんで疑問系なのさ、と笑う心操を見ては少しだけ目を細めた。

「さ、そろそろ急がないと時間ギリギリになっちまうぜェ」
「俺の返事聞かないの?」
「これから三年間一緒なんだ。急がないよ」
「変なやつ」

余裕の笑みを浮かべるに対抗するように吐いた心操のちょっとした負け惜しみにも、は穏やかに笑って手を振るだけだった。
この課外活動がうまく行かなかったら絶対にのせいだと心の中で悪態をつきながらその背を追った。



「あ、色よい返事以外はいらないからさ」
!」
「な、に───」

赤くなった顔、見られていないだろうか。



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