なんて簡単な仕事でしょう!
ハットの縁を指でなぞり、優雅な指使いでひらりと挨拶をします。
「これにて閉幕。御参加、ありがとうございました。」
誰もいない客間に彼の声は不釣り合いですが、それを指摘する人ももういません。皆、彼のイリュージョンによって姿を消してしまいました。床に転がる球体に見向きもせず、後は目的の物を見つけ出しフィナーレを飾ろうとハットを被り直した時です。背後からの気配を感じとり振り返りました。
「……こんにちは」
そこにいたのは無防備にも立ち尽くすだけの青年で、見た感じでは18かそこら、仲間の女子高生と同じぐらいの、いや、それよりもいくらか心細い体型でした。
「おやおや、まだ生き残りがいたとはなんたる失態」
他の男達同じく消してしまおうとした時、今までぼんやりとこちらを見ていただけの青年はタタタと床に転がる球体を蹴飛ばしながら駆け寄り、自身に向けられたその手を握りしめました。
「来てくれたんだね、ヒーロー」
「……………………………………は?」
***
「あ、おはようミスター」
「おはよう青年、君はまだここにいたのか」
「他に行く宛もなくて」
「ここにいたら危ないと言ったろう」
青年はうっすらと笑みを浮かべただけで何も言いません。ただMt.コンプレスの手から現れるスイーツや花を見て目を輝かせるだけです。
「次にお見せするのはこちら」
そう言って圧縮を解いたのは救急箱でした。目の前に現れたそれを見て青年は目を丸くしたかと思えば顔を赤らめ俯きました。
「みみず腫は早く手当てをしないと残ってしまうよ」
「何故親切にしてくれるんですか」
「先に“親切”にしてくれたのは君だろう」
『探し物を教えてください。僕の個性で探します』
見ず知らずの男に対し、屋敷に仕掛けられたトラップを全て明かして、あまつさえ目的の物を差し出し玄関まで見送ったのです。あれを親切と呼ばずなんと呼ぶのでしょう。
「おじさんとしては自分のせいで君が死んだと知ったら寝覚めが悪いからねぇ、君が例のブツへの鍵だと思われているうちにどこかへ」
「やっぱり優しいな。ヒーローは」
「…………」
それはMt.コンプレスを黙らせる魔法の一言でした。何も言わずただ指を器用に動かして治療を進める姿に青年は丁寧にお礼を述べます。
「ありがとうございます。手当てなんかしてもらって。気持ち悪かったでしょう」
「何を言っているんだ。これ位の傷は何度も見た。それに、二人の仲じゃないか」
青年はうっすらと頬を紅葉させついと顔を背けます。素直な子。それが人心掌握の術だとも気付かずに。
「……また来るよ」
何故かコンプレスの胸に不快感がこみ上げてきました。それを振り払うように踵を返し声をかける青年を無視して歩を進めます。仮面で狭まった視界では背後をつけてくる男に気付けませんでした。
***
「───と言うわけだ。君にはここから消えてもらう」
「分かりました」
「随分アッサリした返事だね」
「だって僕を気遣ってくれたんでしょう」
「…………」
「ここにいるのは危険だと、いつも言っていたじゃないですか」
にこりと笑う青年はMt.コンプレスの仮面の下の表情など微塵も気にしてはいません。それどころか個性を発動しようと構えていた手に自分の手を乗せて驚かせました。
「大丈夫です。どこにいても僕の個性で貴方を見つけられる」
「へぇ。なんて唱えるつもりなんだ?」
「勿論、『エンターテイナーなヒーロー』です」
「それはそれは……」
見つけられないだろうね。
微笑む青年の笑顔を剥ぎ取ってやるのは簡単です。この手で彼を凝縮して、正体を明かしながら踏み潰してやればいい。
用済みの“鍵”にそっと手を伸ばしました。
「なに、何も心配はいらねぇよ」
パチンと指を鳴らす音が響きます。
嘘の裏は嘘という
「よお、きちんと片したんだろうなァ?」
「あぁ勿論。お望み通りに。彼はもういない」
これが証拠だと取り出した球体を壁に打ち付け粉々に散らします。納得したのか興味がないのか、フンと鼻を鳴らし、死柄木弔は自室へと戻っていきました。
「やれやれ……」
きっと彼にはどうでも良かったのです。砕けた球体の中身が彼であろうと瓦礫だろうと。
痛々しいくらいに人の良い青年が、どこかで生きていようとなかろうと。
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