「なら、俺はお前が欲しいよ。森児」
「…………………………は?」
ぽつりとそうこぼすの顔は笑っていたが、これが冗談ではないことくらい西屋森児は察している。それくらいには二人の間に付き合いがあった。
何か、言わなくては。
「なんてな。ほら、18歳の誕生日おめでとう。これは俺イチオシの酒と煙草だ。男は多少悪い方がモテるぜ」
「……、イ、チオシって、お前はいくつなんだ」
「さァ?分かんないからこそやっていいんだよ」
本当はお前だってとうに成人してるはずだと、過去の悲劇を軽率に持ち出されても腹が立たないのは、相手が同じ境遇の男で、今日まで共に生きてきたからだ。最も、彼の両親はヴィランに殺され意図せず彼を捨てる羽目になったのだが。
「どこ行くんだ、」
「はは、もう一緒にはいられないよ。幸せになれよ森児。いつか、俺の耳に入るくらいの果報者に」
「まっ……待てよ、……!」
腕を伸ばせば、“個性”を使えば届く距離にいるのに。
「……──っ、」
こんな時に、自分の捨てられた訳を思い出して触れられないなんて。
「まだ、何も答えてないだろ……ッ」
元々この日を境に別れるつもりだったのか、西屋が正しい言葉を選べなかったからなのか。それすら聞くこともできず、幼少期から側にいてくれた悪友は、煙のように姿を消した。
もう何年も、その姿を見ちゃいない。
「───ちょっと、先輩」
「……、悪い。何か言ったか」
「珍しいな、お前がぼんやりとするとは」
「………すまない」
体育祭の警備で呼ばれている事を意識しろ、と散々Mt.レディに言っていた手前居心地悪そうにペットボトルを開ける。またしてもマスクにぶつけた。
「……その煙草が」
「あ?あぁすまん、煙が行ったか」
「いや、その匂い、もしや古い友人と同じ銘柄をと思って……どうした二人とも」
「いやぁ、自分から過去の話をするなんて珍しいなぁと思って。あのテレビ番組くらいじゃないですかぁ」
言われてみれば確かにそうだ。いや、自身について多く語る気はないが、特にあの男の事に関しては話すことはなかった。
(そもそも、忘れていたくらいだ)
薄情なことに、散々世話になった人の顔が思い出せない。頭に浮かぶのは多くの煙を燻らせ意地の悪い笑みを浮かべる口元だけだ。きっとすれ違っても気付かないだろうという。冷静にそんな事を思うとひどく残酷な気持ちになった。
***
「お疲れ」
「お疲れさまでーす」
「気を付けて帰れよ」
体育祭は大きな問題を生じさせることなく幕を閉じて、観客の通路誘導も終えた。警備に当たっていたヒーローに解散を命じられたのは日が落ち街灯がついてからだ。
二人と別れ個別に宛がわれたロッカーで着替えを済まし足早に会場を離れたのは、あれから胸に巣食う彼の記憶が自身を冷静でなくしているから。
(さっさと休んで、きっと明日にはまた忘れてる)
顔を見られないようマフラーに顔を埋め逃げるように地元へと戻る。つい癖で人気のない道を選び帰路へつく途中、ヒーローの性か、助けを求める人の声を拾った。
「たすけ……助けてッ……ヒッ!?」
角を曲がった先でようやく声の主の姿を捉えた。足がつっかえて転んでしまった青年に暴漢らしき男がバットを振り上げている。
個性を使えば間に合うだろうか。暴漢の腕に狙いを定め腕を『伸ばそう』とした時だ。急に暴漢が気を失ったように前へ倒れた。
「……ほら、行けよ」
壁の影から出てきた背の高い男がそう言うのを合図に、逃げていた青年は礼もそこそこにこちらへ駆けてきた。
肩がぶつからないよう半身を反らし大通りへ逃げていく青年を目で追う。ふと、後ろ側でごそりと音がなった。
「…………」
先程の大男が気を失った暴漢の身ぐるみを剥いで金目のものを奪っている。……のだと思う。というのも一見看病しているようにしか見えないし、実際、駆けつけた警察も親切な通行人だとしか思わなかったのだろう。大男が盗んだ財布にも気付かずあっさり解放した。
「盗んだ物を返せ」
「おやおや、最初に盗もうとしたのはあいつだろ?」
見破って、後をつけていた事にはとくに驚いた様子もなく背後から声をかけた西屋に向き合う。男の顔はどこか楽しげだ。
「結果として、加害者はお前であいつは被害者だ。このままでは罪を背負うのはお前だぞ」
「今更スリの一つや二つ……」
ククッと笑う男の顔はフードで見えないが、先程から聞こえるこの声にはどこか懐かしさがあって、ああそれと、どうやら自分は風下にいるらしい。この匂い、今日嗅いだばかりだ。尖ったような、それでいて攻撃的ではないこの匂い。嗅ぎ慣れた、煙草の───
「………………やっと見つけた、」
「まさか。探してたわけないだろ?」
図星を言い当てられ思わず口ごもる。その様子に気付いて大男───はまたクツリと笑った。
「……ずっと、忘れていた。自分でも不思議なくらいだ。あんなに世話になったのに」
「それでいいんだよ。お前があの時の事を忘れるくらい今が充実しているなら」
『幸せになれよ森児。いつか、』
「あんたの耳に届くくらいの、果報者になれただろうか」
「それは俺に聞かれてもなァ。お前はどう思うんだ?」
「…………どうだろう」
テレビにも出たし、知名度もかなりのものだ。それこそ雄英体育祭という華々しい行事の警備を任されるくらいには。あのオールマイトに認知されているとも聞く。しかし、今胸を満たしているのはそんな満足感ではなく物足りなさだ。ずっと忘れていたくせに思い出した途端これかと思うとほとほと嫌気が差す。
「ずっとお前を、探していた気がする」
「またまたァ。都合の良いこと言うなよ」
「……そうだな。ただ、。今日が何日か考えてみろ」
「こんな生活してたら日付なんていちいち把握してねぇよ」
手持ち無沙汰なのか、足元に転がる男を蹴飛ばし笑う──口元は笑ってはいるもののひどくつまらなそうな顔をしているが──
「今日は、お前の誕生日だ」
といっても、二人で勝手に決めたものだったが。今日の日付を聞いてはようやく顔をあげた。森児が言わんとしていることを察したのか、その表情はどこか困惑している。
『誕生日プレゼントねぇ……
なら、俺はお前が欲しいよ。森児』
「お前が今でも望んでいるのなら貰ってはくれないか」
「バカじゃねェの」
「………………」
「ヒーローが街の悪党に関わるもんじゃねェよ。言ったろ。『幸せになれ』って」
「俺の幸せにお前が必要だと言ってもか」
「……」
「俺の全てをくれてやる。だから───!?」
力強く引っ張られるマフラー。バランスを崩し前のめりになった顔に何かががつりとぶつかる。文句を言おうとした口からは言葉がでない。それどころか、息も吸えない。
「……っふ、……ん!」
「ははは。折角逃げ道を作ってやったのに!」
二人の口と口にかかる唾液の糸に目を奪われているうちにの目付きはガラリと変わっていた。それは昔、二人で盗みを働いていた時の鋭い目だ。
「俺が執着心強いの、忘れてねぇだろうな?」
「…………あぁ、勿論。手放そうなど思うなよ」
彼方の置き土産
ヒーローだが警察ではないのだから。
悪人を一人傍に置くことに目をつぶってはもらえないだろうか。
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