ヴィラン連合に潜入するなんて任務は誰もやりたがらない。決まってる。いくら金を積まれたって断るつもりだったんだ本当は。
ただ今の俺には本当にお金がなくて、俺の“個性”が潜入向きであることを力説されて、渋々引き受けたまでだ。
***
「俺の“個性”は変身。脳内に強く思い描く姿形に数時間だけ変身できるんだ」
「……へえ。なら今のその姿が“素”である証拠は?」
「そこはまぁ、信頼してもらうしかないね」
勿論今の俺の容姿は実物とは異なるが、俺が昔からこうありたいと願ってきた理想の姿だ。そう簡単には解けないだろう。
そして俺の変身と同じく奴らからの警戒心も簡単に解けなかった。
最初の“面接”以降、上の連中とはなかなか会えねぇし、やらされるのは薄汚い仕事ばかり。あくまで潜入任務と心で唱えながら無心で仕事をこなすうちにとうとう幹部から直接お声がかかる。
仕事内容は同業者、つまりヒーロー殺し。
うーむ。やはり他の奴等と違って“いい”噂が一つもないままヴィラン連合に入ったから怪しまれてるんだろうな。事前にそれなりの武勇伝を流しておくべきだった。
「いいよ。誰を消して欲しいとかある?」
しかし、まぁ、返事は間を開けず表情は崩さず。こうなることを全く予想してなかったわけじゃない。すぐ警察にフェイクニュースを作らせた。そして一体だけ本物の死体を用意した。ただヴィランにヒーロースーツを着せただけだからヒーロー殺しなんて大罪は働いていない。
───とはいいつつ、奴等に監視されてるのを承知で無理矢理ヒーロースーツ着せたヴィランを外に出し手にかけたのだからもうお天道様に顔向けはできない───
一人の死体を手土産にまんまと幹部陣の懐へと転がり込んだんだから、一番の被害者はあいつだろう。
「良かったな。死んでこの世での罪が償えたぜ」
勿論物言わぬ死体は返事をしない。道の端に死体を放って随分先に行ってしまった男の背中を追った。
***
「おい」
「はいはい」
「君おかわりください!」
「はいはい待ってねー」
称賛、卑下、補助、配慮同情同調。時には程よく楯突いた。ヴィランの忠犬なんて怪しいだけだ。絶妙な匙加減で幾月か過ごした結果、奴等のコーヒーを手ずから用意する位には信頼を得た。全く単純な奴等である。
「君!雄英に行きましょう!会いたい子がいるんです!」
「え?あの緑の陰毛頭?だめだよヒミコ。あそこは弔のための場所だろ? 」
「へぇ、そんな気遣いをしてくれるとは」
「気遣いじゃなくて怯えだよ。馬に蹴られるような真似はしたくないからね」
俺の放った悪口にぷりぷり怒ってるトガヒミコを宥めようと撫でていると背後から声がかけられる。さっきまでバーにはいなかったはずの死柄木弔だ。
気配に気付けなかった事への焦りを悟られぬよう笑顔をキープしたまま声のする方へ顔を向ける。悪趣味な“手”をつけた顔などよく見えないが、あまり機嫌はよくないらしい。無意識のうちにトガヒミコを撫でる手が加速していたらしく「痛いです!」と怒られた。ごめんて。
「ふん……」
「えっと、死柄木、このソファーに三人は狭くないか?」
「だからどけと?」
「そうじゃねぇけどォ……」
明らかに二人がけのソファーに無理矢理入ってきたせいで意図せず三人身を寄せ合う形になってしまった。こんなに狭いんじゃ座ってても休まらないし、つーかこの状況で何故寄りかかってくる死柄木弔!
「戻ったぜー すぐ出るけどな!」
「もぉ~クタクタ」
「三人して、狭くないのか」
「やぁお疲れみんな」
狭いに決まってんだろばーか。今じゃ日本中が危険視するヴィランの集団が何一丁前に普通の会話してんだよ。
「そぉだ!この間教えてもらったケーキ屋さん行ってきたわ!」
「わぁ、お土産なんてどうもありがとう。お店どうだった?」
「すごく良かったわよぉ、可愛くておしゃれでシック。色々楽しめたわ。やっぱり貴方に聞いて正解だった」
「マグネにそう言ってもらえるなんて光栄だよ。黒霧、悪いけどコーヒーいれるの手伝ってもらえる?」
それぞれの好みに合わせられたマグカップを並べる。死柄木弔と荼毘の分は要らないだろうとも思ったのだが、死柄木はソファーからどく様子もないからもしかしたら食べるのかもしれない。逆鱗に触れるのも嫌だから甘めのカフェラテを用意しておこう。
「君!どれにしますか!色々ありますよ!」
「ヒミコから好きなの選びな」
ケーキの箱を囲んでる奴等の真ん中にトレーを運んで、フォークとお皿を配り夜中にケーキなんか食べてる。
遠い昔、まだ家族が生きていた頃を何故か思い出していた。そうだ、見ず知らずのヴィランに殺された俺の家族。
時計は23時を指す。今夜こことはおさらばだ。証拠を掴む手帳はもう十分膨らんでいる。
「あぁ、いい気分だな」
心無し透明人間
「長い間の潜入任務、ご苦労だったな。かなりの情報だが、裏は取れているのか?」
「裏まで取ってたら俺は確実にここに戻ってきてはいないでしょうね。まぁ話せば長いですがそれなりに信用を得ていたので全くの嘘ってことはないですよ」
まったくヴィラン連合もヒーロー協会も腹芸がお好きでいらっしゃる。信用のない目を向けられるのにはもう慣れたが、心休まらないのはいただけない。
建物を出て裏路地へ行きポケットに忍ばせていたタバコに火をつける。廃墟の窓ガラスに映る俺の顔は久しく見なかった素の顔で、見たくないと窓ガラスを叩き割った。
「ふぅ───……」
肺一杯に煙を吸い深呼吸。俺のタバコは軽すぎるとトゥワイスにはよく馬鹿にされたっけ。スピナーや荼毘がいるときは露骨に嫌な顔されるから外に行ったし、Mr.コンプレスは禁煙を手伝うなどと嫌がらせの圧縮をしてきたっけ。
「さてと」
気分も落ち着いた。
大きな作戦を完遂させて気分がいい。そうだ、帰りにケーキでも買っていこう。トガヒミコは満面の笑みを浮かべるだろうし、死柄木弔だって文句言いながらもどうせ食べてるしあと…………
「あ」
嗚呼どうやら、心の一部をあそこへ置いてきてしまったらしい。
「あーあァ…………」
一番の被害者は、この俺だ。
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