正直、やってしまったなァとは思ってる。
立ち寄ったデパートの電光掲示板にはここ最近ある男の顔がぼんやりと写っている。痩せた体を際立たせるような黒の薄い上下の服。顔にはいかにもヴィランらしい不気味な手がついている。いや、顔だけじゃない、腕にもだ。
一度見れば忘れないようなその容姿を、俺は警察から提示されたこの注意放送以外で見たことがある。
『大丈夫か?』
ガリガリガリガリガリガリ。
マイクでもついてるのかと思うほど聞こえる皮膚を掻く音。これだけ大きな音をたてるということは皮膚も傷ついているだろうに。血が出るかもしれない。誰か止めてやればいいのに。誰か。
ガリガリガリガリガリガリ。
『大丈夫か?』
『ぁア゛?』
社交性はゼロを通り越してマイナス。しかしそれによって与えられた不快感はゼロだった。この間共演した顔だけアイドルなんかより余程堂に入った凄み方。まるでヴィランみたいだなァ、なんて、呑気に考えていたのが気に食わなかったのか。
殺気とでもいうのか、初めてでよくわからないが、まぁ決して友好的ではない雰囲気を纏って近付いてきた。
『あんまり掻くと皮膚が傷付くぞ』
『何なんだよ、お前……』
こちらに伸ばされる手をそっと横に反らして体を抱き寄せた。あの時、俺の“個性”による親切から、俺のルーティーンは大きく変化を遂げたのだ。
「あの、さん、ですよね……」
「どうも」
あぁしまった。ただでさえ人の多いモール。ぼんやりと掲示板なんか眺めていたばかりに見つかってしまった。
「あ、握手してもらってもいいですか……!?」
「勿論、いつも応援ありがとう」
ふるふると差し出される綺麗な爪の、綺麗な手。白い肌を包み込むように手を握ると、予想通り頬を赤らめて幸せそうに笑う。その感情はおそらく俺の個性によるものなのだろうね。
「じゃあ、急いでるからこれで」
なかなか開かれない道をなんとか進んで、通り過ぎる際に肩や手を触れられたり名前を呼ばれたり。人を笑顔にできるこの仕事は嫌いじゃないが、生涯続けたいとも思えないのは、自分が30代、40代になってもこうして大勢の人に囲まれている姿を想像するとゾッとするから。
「川の側の市営住宅まで」
わざわざタクシーを3つ経由して週刊誌の目を盗んでまでこんな薄暗いバーにやってくるのは、ここのお酒が美味しいからで
「こんにちは、黒霧さん」
「よくいらっしゃいました、さん」
「これ、この間テレビ取材が入ってたケーキ屋さんのです。一人だと味気ないから皆で」
「これはこれは。お気遣いありがとうございます。こちらは紅茶と一緒にいただきましょうか」
「楽しみです」
マスターがとてもいい人だからであって
「………………」
「おいで、死柄木君」
「………テメェが中途半端なことするから、いねぇ時の痒みが余計酷く感じるんだよッ痛いくらいだ」
「ごめんね。仕事が忙しくてさ」
この無自覚で危うい少年に惹かれたわけでは、けして無い。
「……はぁ、やっと落ち着く」
「良かった」
俺の肩に顔を埋め背中を丸める死柄木弔は街の『お触書』で見るよりずっと幼くて、脆い。
やってしまったなァと思ってる。
(知らなければ、のめり込まなかったのに)
俺の個性、『解消』によって痒みや不安が解消された死柄木君は本当に無防備にこちらに体を預けている。もっとも、同じ空間には黒霧さんもいるし、俺に戦う力はないし人を傷付けるような悪意もない。
そして反社会的組織の連中と懇意にしているという罪悪感も、残念ながらない。
「お前の個性、いいなァ……欲しいな……先生に言って奪ってもらおうかな……」
「それもいいかもね。俺がいつまでもここに来られる保証はないし。個性さえ渡ってれば、俺がいなくなっても安心だ」
「…………」
黙りこんだ死柄木君は無音のまま俺の首に回した腕の力を強めてきた。意地の悪い発言だっただろうか。気付かれるようなことを言ったくせに、気付いてほしくない。
もしも自覚してしまったら、もうきっとこの距離には来てくれないから。
「……勿論、来れる間は何度だって来たいよ。折角死柄木君っていう友達ができたんだから」
「…………ふん」
すんと鼻をならしてまた顔を埋める。たまらなくなって髪をすいてしまったが、嫌がられはしないだろうか。俺の心配も杞憂だったらしく、個性がより効果を発揮したのだろうか、もっと続けろとねだってきた。
握手を求めてくれる女の子たちのような可憐さも謙虚さも慎ましさも健気さもないのに、可愛いやつだなぁなんて思ってしまう俺はやはりやってしまったとしか思えない。
役者は考える
「ここのお店は居心地がいいなぁ」
「お前の個性が使える限りはここにいればいい。精々勉強しろよ」
「うん。そうするよ」
そう、死柄木君は俺の“個性”を必要として。
そしたら俺は、“役作りのため”にここに来るから。
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