私にも苦手な人というのは何人かいて、この男もその一人だ。

「おっ、本当にオールマイトが教師やってるー。来た甲斐あったわー」

背後から聞こえる声に気付かないふりをしたかったのだが、少し距離が近すぎた。

「お久しぶりだね、君」
「お久しぶりです~体調はどうですか?」
「君の想像より悪くないよ」

敬語でこちらを気遣う白々しい態度はよしてくれ、と顔を近づけて頼むと彼は小さい頃から変わらない笑みを浮かべて「はいよ」と返された。

「というかこの面子ヤバくない?なんかこう、弱小事務所の俺肩身狭いわ」
「校長にお願いして、君の打ち合わせ日を今日に変更してもらったんだ!」
「声がでかいし。話噛み合わせてー」

職場体験の受け入れ事務所の中に君の名前を見つけた時は正直驚いた。彼は人の指導とかそういうのは得意でなかったはずだ。それでも立候補してきたのは彼の“悪癖”から来るものなのか、もしくはこうした会合の機会を逃したくなかったのかどちらかだろう。だとしたら今日の私の采配は感謝されるべきだ。

「ほらほらぁ、折角顔を会わせる機会を設けたんだし、ホークス君に話しかけに行きなさい!」
「デカいおっさんのこしょこしょ話なんてキモいんだけど」
「君ねぇ……幼少期からの幼馴染みだからって歳上の人にキモいは駄目だぞ、傷つくから」
「それに俺は見てるだけでいーの」
「?」


彼には昔から“悪癖”があった。
どうやら“欲しいものを我慢できない”らしく、野良犬、ガキ大将の座、可愛い(当時の私が淡い恋心を抱いていた)あの子もだ。どれも一度欲しいと思ったら確実に手に入れていたため、彼の身の回りには手に入れたものでいっぱいだった。
大人になるにつれてその頻度は減ったものの、今も治ってはいないらしい。
───その証拠に、私を『八木俊典』だと勘づいてからは私から肯定の言葉を得るまで逃がさんとばかりにつきまとってきたのだ。仕事とか事務所は大丈夫だったのだろうか───

「そんな君が『見てるだけでいい』とは。大人しくなったもんだね」
「ふふーん」


「あぁ“アビデタ”さんも来てたんですね」
「おやァ、ホークス君。こんにちは」
「どうも」

噂をすれば影がさす。“早すぎる男”はいつの間にか私たちの横から忍び寄っていた。

「珍しいですね。貴方がこういう場に来るなんて」
「そォ?雄英の生徒に興味があってね~」
「生徒目当てで来たんですか」
「他に何がある?」
「俺は貴方と会えて嬉しいですけどね」
「それはどうも」

然り気無く掴まれた左腕をそっと下ろさせた君の意図が分からない。彼は以前ホークス君を“好き”だと言っていたはずなのに。


『八ぎ……オールマイト…』
『今はトゥルーフォームだから名前で頼むよ』
『このヒーローと面識ある?』
『ウィングヒーロー ホークス、直接話したことはなかったかな』
『そうかぁ……』
『彼がどうかした?』
『んやぁ、見た目もスタンスも好きだなあと思って』


そう言ってニタリ、とえくぼを作るその顔は完全に私の苦手とする獲物を狙う目だった気がしたのだが。

「な、オールマイト」
「……えっ?」

聞きなれた声に名前を呼ばれて我に帰る。「聞いてなかったのかよ」と笑われたが、彼は同じことを繰り返した。

「この間アンタと言った飯屋、あれ旨かったよな」
「あぁ、あれね。君がおかわりしたやつ」
「それそれ。ホークス程舌が肥えてたら普通かもしれんが、俺はあそこの焼き鳥丼がたまらなく旨かったんだァ」

うんうん、と腕を組んであのときの味を思い出すように目を瞑る彼を、ホークス君がなんとも言えない暖かな目で見ている。彼も鳥肉が好きだと言ってたから料理に惹かれたのだろうか。

「いいなァ、今度俺も連れてってくださいよ」
「え、やだよ後輩と飯に行ったら先輩が奢んなきゃだべ?」
「別にそういうの抜きで、ヒーローとしてお喋りするだけでもいいですよ」
「ならいいぜー。暇なとき連絡くれよ」

その一言が燗に障ったのか、眉間に皺が寄せられ鋭くなった目付きで君を見るが、彼と言えばどこか別の場所を見てあ、と声を出した。

「エンデヴァーさんだよホークス、お前挨拶してこいよ」
「は?」
「好きだろ?」

なんともストレートな言葉にまたも顔を歪めたが、それを向けられる張本人はからりと笑うだけたった。

「別にそんな顔しなくても。広義の意味で好きだろ」
「まぁ、アンタよりもずっと」

見ていてハラハラするやり取りを終え、エンデヴァーの方へ歩いていくホークス君を見送り、横に立つ友人へ声をかけた。

「君さ……」
「俺、昔から欲しいものは絶対手に入れてたんだよ」

言葉を遮ってそんなことを言うのだから、私も意地悪く知ってるよ、と返事をした。
マッスルフォームでは下にあるその顔はどこか誇らしげに私を見つめ、少し声を落とす。

「でも別に、欲しいわけじゃねぇんだって最近気付いてよ」
「というと?」
「欲しいもんが少しずつ俺の手の上に墜ちてくる過程、その快楽を一生味わっていたい」


……ニタリ。
頬にあるえくぼだって、彼の内面を知れば可愛さを微塵を演出しないただの飾りでしかない。悪寒の走る背中を誤魔化すために大きく笑って彼の背を叩いた。

「ハッハッ!なら君の“悪癖”は大人しくなったのかな?」
「ひでぇなァそんな風に思ってたの?心配しなくても、もうあっちこっちに手を出したりしないよ」

わざとらしく肩をすくめて目を瞑る彼はどこか胡散臭い。訝しむ私に気付いたのか、君はようやくお見えになった校長先生に目をやりながら、本日一番の小さな声でこう言った。

「お前にだけ教えてやるよ俺のヒーローネーム、本当はアヴィディタなんだ」
「ん?」
「政治家と同じさ。覚えやすいよう少しシンプルにした」
「アヴィディタ……どこかの国の言葉かな」
「あぁ。イタリア語で“強欲”ってんだ」


私には苦手な人というのは何人かいて、やはりこの男も、その一人だ。




「あいつは墜ちてこないから、ずっと楽しめるんだぁ」

寂寥感と満足感を合わせたらあんな表情になるのだろうか。

残念ながら君の予想は大きく外れるのかもしれない。
突然私の前に現れ行く手を阻むホークス君に、君の連絡先を教えてくれと言われてそう思った。



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