肉眼でも星がよく見える。こっちに引っ越してきてからは夜が明るくて星なんか見えないと思っていたが、存外そうでもないらしい。もちろん、「満天の星」とは言わないが。
「あれはカシオペア座」
てんで的外れなことを言って指差してみると、案の定後ろからは「違うだろう」と返ってきた。
「やっぱりついてきたんだ」
「……」
今度は何も答えない。
まぁいいや。特に気には止めず、虫の集る街灯の下をのんびり散歩。突っ掛けサンダルの気だるげな足音と俺の下手っぴな歌が静かな夜に響くが問題はないだろう。何せここいらの建物に民家は少ない。廃ビルばかりだ。
適当なビルを見つけ錆びきった扉に手をかける。さすがに辺りを見渡してしまうくらいの甲高い音を立てながら、重い腰をあげて中へと招いてくれた。
後ろから「おい」と咎める声が聞こえた気がしたが、水を得た魚は、聞こえないふり。
「ふぅ──」
夜は好きだ。人の目線がない、この時間が好きだ。人とは面倒な生き物で、目を見て話しなさいというくせにあまりに心を読まれ過ぎると気味悪がる。俺だってそう思うのだから、まったく嫌な個性を持ったものだ。立ち上る煙を見ながらどうしようもない事にまた悩む。
ふと、足音が近づいた。確かめるもなくあの男だろう。
「煙草、吸わないのか?」
「俺たちは未だ未成年の身。そのような事するわけがないだろう」
誰かに見られては大事だ、今すぐ消せ。彼の視線がそう語るのを感じながらも、夜に包まれここは廃墟ビルの屋上。見つけるとしたらよほどの変わり者かやましい事情を持つものだろう。何も問題はない。問題はないから、俺は彼に軽口を叩くのだ。
「常闇は、割りと悪いことは一通りこなしてるタイプかと思った」
「これでもヒーロー科なのでな。意図的な悪事など働きはしない」
「でもこの間教室で机だがロッカーの上座ってただろ」
飯田にガミガミ言われかすを食っていたのを偶然見かけたのだと言ってやれば、どこかばつが悪そうに眉を潜めた。
「よくも悪くも、堅物君だと思ったら、以外と年相応のおいたもするんだね」
気分よくなって煙を大きく吸い込む。吐き出した煙は夜の色から浮き出たままゆらりゆらりと空へ消えた。
「お前は逆に、優等生かと思いきや───というやつだな」
カチ、フィルターの中にあるカプセルを噛み潰す。一瞬だけメンソール特有の匂いが楽しめた。
「ずっと優等生のまま、ここまで来たさ。雄英にだって来た。俺には目標なんてないけど、両親は大喜び。自慢の“優等生”だよ」
「普通科なら、これから将来目指すべき道を指し示してくれるだろう」
「ハハッ、どうかな」
息を吸う、先端の火は少しだけ赤を強めた。
「いっそ、ヴィランにでもなろうかな」
「───ッ!」
少し遠くで、煙草が転がっていくのが見える。先ほどまで垂直に座ってた筈なのに、一瞬のうちに屋上の床、コンクリートを背にして彼を見上げているのだからさすがヒーロー科、ノロマな俺なんかじゃ反応できないほど動きが速い。
「……冗談でもそのような事を口にするな」
「ダークシャドウ、出さないんだ」
「聞いているのか──」
「将来出てくるかもしれない悪の芽なら、今のうち摘んでおくべきだよ」
「ならないだろう」
夜の闇でも光るその目は一度だって反らされなかった。俺の個性を知ってるくせに。いや、わざとか。
煙は落ちる
彼のなかには信頼と慈愛、少しばかりの恐怖があって、俺の抱える恐怖も移ってしまえと、顔の横に伸ばされた手をそっと握った。
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