「へぇ!心操君も雄英志望なんだな!」
中学三年の春、後ろの席に座った彼はそう笑った。
「……やっぱり、向いてないと思う?」
俺の個性は、ヴィラン向きだと思うだろ。俺も笑顔を作る。
「そうじゃないさ!一緒に頑張る人がいて安心した!」
***
「心操、今日の職業体験はどこなんだ?」
「俺はここ」
黒板に張られたでかいマップ。雄英体育祭が終わり、ヒーロー科の連中はそれぞれスカウトの来たヒーロー事務所に職業体験に行くが、俺たち普通科も、ヒーロー事務所とは行かずとも職業体験はある。……一般職が多いが。
「うへぇ!警視庁!すごいな心君」
「いや、俺の能力なら尋問系が一番活かされるってのは一応心得てるから」
あ、まずい。「僻みで言った訳じゃないから」そう言いかけた時にはもう左腕には衝撃が走っている。
「もう!すぐそういうこと言う!ヒーロー諦めるつもりか!?」
俺はよくこうして彼の短所と“個性”を同時に食らうことがある。本人もその都度謝ってはいるが長年培われてきたその癖はどうにも抜けないらしく、いっそ食らっても耐えられるよう俺が鍛えた方が早いだろうという結論に俺の中で落ち着いている。
「だからさ……僻みとかじゃなくて純粋にそう思っただけだから」
「本当ごめん……突き詰めて一つのことしか見えない俺の短所と肉体強化の個性の餌食にしちゃって……」
「説明くさい台詞どうもありがとう」
さする腕から意識をそらすように「はどこに行くの」と聞くと待ってましたと言わんばかりの笑顔でマップの隅を指差した。
「え、ここ……」
指差された場所は立ち入り危険区域を示す黄色で塗られている。ヒーロー科ならまだしも、普通科の一年生が一人でここに?
「危なくないか?先生の許可は?」
「とった!無名とはいえ、現役ヒーローと一緒の仕事だからって許可してもらったんだっ」
普通科には珍しいヒーローとの仕事。内容はヴィランが暴れた跡地での瓦礫撤去作業らしい。
「確かにの個性なら瓦礫の運搬も楽だよね」
「そう!運べない程大きなものは粉砕してから運べばいいしな!」
「そこまでの発想はなかった」
満面の笑みを浮かべ言われては、こちらもつられてしまう。おそらくこれは、愛想笑いではないと思う。
「じゃあ俺、サポート科の友人にメンテお願いしてくるから!」
頑張れとこちらに激励を飛ばし、エナメルを背負って駆けていく背中はどこまでも楽しそうだった。あと小柄な分エナメルが大きく見える。
「……」
先程指差していた黄色い地点に目をやり、この不安な気持ちが杞憂であればいいと瞼を閉じた。
***
「ありがとうございました。お先失礼します」
挨拶を済まし、署を出るとどっと疲れが襲ってくる。職業体験も折り返し地点を過ぎた。そろそろ疲れが溜まってきた体は首をひねればバキバキと音をならした。見知らぬ人間に囲まれる辛さはあるがやってることはクーラーのきいた部屋でヴィラン相手の尋問。こんなの、外での力作業を強いられるに比べれば全然大したことないな。なんて、涼んでいこうと立ち寄ったコンビニで適当に飲料水を物色しながら、何故かの事を思い出した。
そういえばあいつ、ここから少し西の区域だったよな。冷房に冷やされた体は体力を取り戻し、自然な足取りで西へと向かった。
後からならどうとでも言えるが、もしかしたらあれは虫の知らせだったのかもしれない。
一目散に駆けるが勝算なんてないし、そもそも何故こんなことになってるのか自分でも分からない。でも今目の前で襲われそうな人がいて、見て見ぬふりはできるわけもない───
「ッ!」
「心操……!?」
ヴィランに襲われる人を前にして、冷静な思考なんて浮かぶわけがない。
体も視界も激しく揺れて、自分がどうなっているのか分からないまま壁際まで吹っ飛ばされる。
「ぐっ……!」
結構まずいかもしれない。バカだなぁ、体育祭であんなもやしに背負い投げされる位なんだから、こうなるのは分かってたはずなのに。
「心操!?心操ッ!」
「はぁ、いてぇ……大丈夫生きてるよ」
「吹っ飛ぶ程投げ飛ばされた人が大丈夫なわけないだろ!」
叫ぶような声が頭の中でガンガン響く。
あぁそういえば、こいつの涙は初めて見たな。
中学での自己紹介の時も、俺がヒーロー科落ちて普通科の教室に座った時も、うまく馴染めず二の足踏んでた時も職業体験前日の放課後も、いつも笑ってるのに。
「……助けを呼びに行ってくれる?」
泣くほど怖いのなら、とにかくここから逃がさないと。答えなんて何でもいい。分かったならそれでいいし、嫌と答えてもここを離れることになる。俺の“個性”によって。
「……」
「聞こえなかった?」
焦りを見せないよう言葉を紡ぐ。あまり悠長にしてはいられないんだ。目の前にはヴィランが──
「心操、俺使え!」
「な……ッ!」
「一人でなんか逃げないよ」
その一言で俺の企みがバレていたのだと知る。それなら何で俺の個性にかかろうとするんだ。
「俺のパワーと心操の知恵があれば、ヴィランなんてなんぼのもんじゃい!」
一人で突っ込むだと?目の前のヴィランを見た上でそんな事を言えるのか、大人しくヒーローでもなんでも待ってどこかに隠れた方がいいに決まってるのに──
「普通科の力、見せてやろうぜ!」
いつもその笑った顔で
「……ほんとにさぁ…」
ヒーローかってんだ
「……やるぞ、」
「おう!」
彼に個性を向ける。その目が遠くを見て俺の言葉通りに動くということは、俺の“個性”である洗脳にかかっていて、そんなこいつを生かすのも殺すのも、俺にかかってる。
「重いな……結構怖いよ、これ」
勿論彼がこの言葉に答えるはずもない。勝手な思い込みだとわかっていても余裕さを覗かせるその顔にのし掛かる重みが軽減された気がした。
「!右に三歩、そのまま左手で殴り付けろッ」
プレッシャーに気圧される場合ではない。ヴィランは確実に彼を叩き潰そうと攻撃してきた。間一髪避けて俺の指示通り拳を振るうその力は想像を越える威力で、直撃はしなかったものの相手の防御は崩された。相手も予想以上だったのだろう。
「そのまま回転した勢いを使って左の回し蹴り、決まらなかったら地面を思いきり殴り付けて」
「……!」
正直、この後何がどうなったのか、頭は真っ白になって覚えていない。
この事を彼に伝えると「個性使った側もそうなるのか?」と笑われたが、本物のヒーローが来て、ヴィランを捕縛する姿を見るまでの記憶が本当にぼんやりとしているんだ。
「よっぽど緊張したんだろ。一人で戦ってたんだもんな」
「一人じゃないよ」
「?」
「もいただろ」
呆けた顔でこちらを見上げて、遅れて言葉を理解したようにふっとはにかんだ。それを見た途端今までの不安が拭われるようで、安心からかついつられて笑ってしまう。
あぁ、俺この笑顔が好きなんだ。
笑顔のマイヒーロー
「助けてくれてありがとう、ヒーロー」
と言われた。
「こちらこそ」
と返すのが精一杯でも、俺のヒーローはまた笑っていた。
Back