あいつ/クロコダイル
「面倒な奴だなぁ」
嗚呼まったく実に面倒な男である。
それを指摘するとものすごくキレるだろうが。
「でも指摘しないと悪化させるだけだろうしなァ」
全く面倒で厄介だ。
我らがボスの体調不良など、一体誰が指摘できようか。
「なぁボス。今日はお休みになった方がよろしいんでない?」
「おれに指図するつもりか」
「指図じゃなくて提案。全然違うでしょ」
ほら見ろよこの顔。今にもその右手振り上げて俺を砂に変えるか砂で俺を死体に変えるかしそうな顔だよ。でもそれより怖いのは、このサークロコダイルが人前で倒れたりした時だ。万が一って位の可能性だけどな。そんなことになったらきっと作戦関係なく皆殺しにするに違いない。頭がいいようでわりと短気だから。
「何突っ立ってやがる」
「ボスを休ませる呪文を唱えてた」
「馬鹿馬鹿しい。くだらねェことしてる暇があったらさっさと客から金巻き上げてこい」
「はぁいボス」
まぁそりゃあね、一介のカジノディーラーの声に耳傾けてくれるとは思ってないのでね。取り敢えず今日のお勤め頑張って、今月一、いや、今年度一の売り上げを出してもう一度提案しよう。そのときは指図になるかもだけど。
「じゃあ俺頑張ってくるから。また後でねボス」
「………」
あいつは何も言わず、俺を一瞥してそのままコートを翻し去っていった。全く無愛想な男だ。体調不良で人恋しいなんて感情、抱いたことないに違いない。
去ってく背中にぷんすこ腹を立てたのも一瞬で、廊下の向こうから聞こえるルーレットの回る音に誘われて俺も職場へと向かった。
「ようこそレインディナーズへ!」
***
「いやぁ悪いなぁ勝たせてもらって!」
「貴方がいらっしゃると私はいつもハラハラですよ」
上客には気分よく帰ってもらおう。実際儲けたのは俺の方なんだけどね。少額の賭けは勝たせ後引く多額のベットは俺がもらう。桜の女の子を使って長く台に留まらせてじわじわと金を絞り、最後にポンと勝たせればお互い大満足だ。
「次はぎゃふんと言わせますよ」
別れのハグをしながらそう言うとジェントルマンは愉快げに笑って俺の手にチップを乗せて帰っていった。これは思いがけない収入だ。
「オリビア、俺は今日いくら稼いだかな」
「私にチップを渡したとしても今年一番の高額よ」
勿論桜である彼女の協力あっての結果なのでチップを渡し手の甲にキスを落とす。 「それは余計よ」と手厳しいお言葉を残して去っていった。
さてさて。俺もそろそろ店を出てボスに明日こそ休めと口煩く言いに行かないと───
「あれ?ボス?」
いつも夜遅くに戻ってくる男が今日は店の裏口から帰って来た。それもミスオールサンデーを連れず。
「どうしたんだいボス」
「………」
「なんだか今朝より体調悪そうだな。やっぱり明日は休むべきだよ。まぁ聞いてくれよ、俺今日は今年度一の儲けをだしたからそれに免じてさぁ」
「おい」
「はい?」
「くだらねぇ事言ってる前にやることをやれ」
「……勿論!」
まったく実に面倒な恋人である。
「今夜も明日も、貴方の面倒は全て俺が見るのでどうかご安心を」
「フン、気持ち悪ィ喋り方するんじゃねェよ」
「いやいや、そうでないと延々甘い言葉を吐いてしまいそうなので」
二人きりの時くらいは横に並んだって許されるだろう。いつもより更に血相の悪い横顔を見て今夜のメニューを考える。
社員としては社長の体調不良など不安要素でしかないが、まぁ?プライベートな面でしてみれば普段は悲しくなるほど自立した男が甘えてくるのだから風邪というのも悪くないと思う。
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