ルビーの呪い

血筋のいい男であった。その国の人間は皆血管が太く筋肉がつきやすいし神経の本数が他の種族より多いとか、脳の機能量が多いとか英雄王の血を引くだとか、周辺国での噂はそういった強さを強調するものばかりだが、とどのつまりは野蛮な戦闘民族国家だと海軍からも要警戒対象とされている国の者。
その国の噂を聞きつけたビックマムことシャーロット・リンリンが島へ踏襲し婿を寄越せと詰め寄ったのはカタクリが25になる頃だ。数え年で30になるであろうと言われる男は島の戦士に相応しい恵まれた体格と器量の良さを兼ね備え、自分に献上するに相応しい相手だとビックマムは甲高い声を響かせながら柔らかで豊満な腕を揺らし手を叩いて喜んだ。
しかしカタクリはこの男が絶えず浮かべる笑みには人当たりの良さなど微塵も感じず、むしろ伺い知れない姿に警戒心ばかりがじわじわと膨らんでいったが、その化けの皮が剥がれたのは海賊船が島についてからのこと。
城の隅々まで届く逃げ場のない怒号と覇気を受け、彼女の子らは何事かと元凶となる部屋へと向かった。

「『我らの血は我らだけのもの』それだけ伝えて死ねと言われここへ参りました」

口から溢れる血は他の人間と変わらない赤色で、それを滝のように流しながら掠れた声で、しかしはっきりとビックマムに言い放つ。

「どうしたんだいママ」

長兄であるペロスペローの言葉にいくらかの理性を取り戻したビックマムが真っ直ぐに釣り上げた眉と獣のような鋭い目を息子に向けた。

「こいつはとんだ欠陥品だッ!あいつら、このおれを愚弄しやがったッ」

おもちゃのように男を掴んでは床に叩き続けているため、それはもう欠陥品でもなくただの死体だろう。その場にいた数人は既に死体の処理について考えていた。

「落ち着いてママ。どうする、すぐに出発の準備をするかい?」
「当たり前だ。血を渡したくないってんなら皆殺しだよ……ッ」

ビックマムを筆頭に海賊達は船支度の為に部屋を後にし、残ったカタクリは床に倒れるボロ雑巾を片付けさせようと部下に指示を出す───直前に悪寒が走り、咄嗟に土竜を突き立てた。

「……」

串刺しにする筈の男は僅かに体をずらし刃を躱していた。おかしい、何故、避けられたのか。

「……丈夫さだけが取り柄でね。しかし肺が弱いから、祖国では役に、立てなかったんだ」
「『欠陥品』めが……!」
「ふふ……そう。だからこれが唯一の仕事。海賊船が一度ここに着くまでの間に島にいる女子供はどこかへ避難できるだろう」
「貴様ッ!」
「僕への処分は好きにしてくれて構わない。向こうの戦士たちも地獄を見ていたが、どうやらこちらも同じようだ」
「地獄だと?」
「そうさ、最高権力者が神格化されるとその下にいる人間には地獄しかない。あぁ、どうやら、長く話をし過ぎたみたい」

途端、部屋に強風が吹き、一纏の暗雲が部屋に飛び込んで床に倒れたままの男を攫った。
つい顔を覆ってしまい捕まえる事もできないカタクリを小馬鹿にするような甲高く小気味のいい音は土竜から脱するために外した関節を戻す音だと振り向いて気付く。

「死体は鳥葬したとでも言っておいてくれ。これだけの鳥がいるんだ。怪しまれないだろう?」

頭や鼻、耳など体中から血を流して、左腕も折れた状態で洋服も破れ満身創痍なのは初心者が見たってわかる状態であり、実際あと一発でも銃弾を受ければ事切れそうな姿だ。
だというのに、鳥の力を借りて宙に浮く姿は陽の光を借りて髪を光らせ、真っ赤な鮮血から覗く瞳の力強さとたおやかな笑みがカタクリを動けなくさせた。そのまま眺めるようにカタクリを見下ろして、海賊船がドックを出る轟音がなる頃には姿を消していた。

「……」

一人残されたカタクリは男の持つ悪魔の実の能力に奥歯をぐっと噛み締めた。


   ***

「あの男は死んだのかい」

ビックマムが唸るような声で最後まで部屋にいたカタクリに問う。

「ママの手で息の根を止めたのではなかったか」
「ふん。あの時は殺してやろうと思ったが、むしろ生かしておけば良かったね。なんせ、土産があるんだから」
「……」

似つかわしくない。スイーツの甘い香りに淡い色合いのパステルカラーで囲われたこの島に男たちの生首のなんと似つかわしくない事か。


「兄は生粋の戦士だった。弟も」
「……」
「妹たちはどこかの島まで逃げ延びたのか、海に身を投げたかな。どちらにしろ彼女たちの死体は見当たらない……ん?何を驚いた顔をしている?」
「おれの顔など見えていないだろう。……いや、ただ兄弟が無残に殺されているというのにずいぶんと冷静だと思っただけだ」
「あぁやはり、君は兄弟思いのいい人だな」
「……」

カタクリはこの男のほほ笑んだ顔を見てマフラーに顔をうずめ直す。いつ仕掛けられても反撃ができるよう臨戦態勢を取りながら警戒対象である男の動向を探った。

「言ったろう。僕は『出来損ない』だと。それは何も身体機能だけの話じゃあない。内側にも問題が在ったんだ」

木の上から、葉と甘露で作った簡易的な双眼鏡を覗いて城下に並べられた同族の生首を見つめている。その顔には怒りも、絶望も、この島を牛耳る海賊への憎しみすら感じられない。
カタクリはこれが自分であったら、と考えずにはいられなかった。

「君達には考えもつかないだろうけどね、身内に人殺しがいて普通の暮らすのは難しいものなんだよ。普通の人間はね」
「普通だと?貴様は“普通”を語れるほど世間を知っているとは思えないがな」
「そうかな。うん、いくら身内とはいえ犯罪者だ。こういう死を迎えるのはある意味当然だと思ってる。むしろ彼らからしたら誉高いことさ。病床で死ぬのは無様で、身内に出してはならないと言われているから」

だから悲しくはないのだと、あの時とはまるで違う透き通った肌の男はわずかに笑みを口に含んでルビーのような瞳を瞬かせながらカタクリへと向けた。

「……」

気を付けなければならない。この男は。

「ところで、君がここにいてはまずいのでは?シャーロット家の次男坊君。僕が生きている事も、きっとあの女海賊に伝えていないのだろう」
「……どちらでもいいと言っていた。殺そうとも、生かして目の前に仲間の死体を晒すのもいいと」
「あぁなるほど。僕よりよっぽど彼女の方が人間だ。今の僕は同族の無念よりも今後の自分の生活の事しか考えられないもの」

甘いものはそれほど好きではないという。怪我が治り次第使役する鳥たちを使って島を出るとも言った。ならばそれまで監視を続けるというカタクリの言葉に、何を感じたのかは嬉しそうに笑って見せた。

「やぁ、それは嬉しいな。僕は君とのこの時間を存外楽しみにしているんだ。ケホッ……しかしまぁ、如何せん肺が弱いだろう。君は背が高いから声を張らないといけないのが少し難しいんだがね」

も並の人間よりかは背丈が高いが、しかしカタクリと違い規格内である為、いつもは木や建物などの高い所にいてカタクリを見上げている。逃亡の為に高所を利用しているくせにカタクリと話をするためだと言う。絆そうというのならば、それはカタクリにとって有効ではない。

「言っておくが、おれはお前が我々に害を及ぼさないよう見張っているだけだ。少しでもおかしなことをすれば迷わず殺す」
「逆に言えば、僕が君に不利益を及ぼさない限りこうして話に付き合ってくれるんだろう?」

あの時カタクリが受けた艶やかな赤いルビーの瞳から放たれる悪魔の実の能力は、呪いのようにカタクリの身を蝕み続けた。

その後も兄弟は増え、出会った頃から何度も季節は巡り、時が経過するたびには瞳に養分を吸われているかのように細くなっていくことに気付かないふりもできなくなっていた。

「もう何年も経つのに、カタクリはまだ僕の事を警戒しているのかい?」

くすくすと目を細めていたずらに上がる口角を隠す笑い方はまだ幼い、末妹のプリンが見たら姉と誤認し懐くだろう。そう思わせる程、体は細くなっていた。

「さてカタクリ。僕もそろそろ行かなくちゃいけない」
「前は怪我が治れば発つと言っていたが、快復までに随分と時間がかかったものだな」
「ふふ、お察しの通り離れがたい理由ができてしまって」

苦しそうな呼吸音でも、表情は相も変わらず穏やかにほほ笑んでいる。この先の言葉を言わせてはならないのに、手はいまだぶらさがったまま。

「カタクリ、君もだろう?」
「………言うな」
「僕は君の事がずっと───」



「あの男、最期にまた呪いを一つ増やしていきやがった」



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