怒らないで聞いてね

向こうの丘から子供の悲鳴と男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。ピクリと反応したのもつかの間、声の主を確認してまたいつもの事かと石研ぎを続行した。

「助けてキッドー!!」
「呼ばれてるぞ」
「……あのカス!」

何度名前を呼ぶなと言ってもは大声でキッドに助けを求め、なんだかんだで捨て置くことのできないキッドはまたもその名と強さを周囲に知らしめた。

「キッドの悪名が広まる原因はによるところも大きいだろうな」
「おれなにもしてないよ」
「何もしてないからだ」
「?」

「お前、ほんとーに何もできねェな。まだ一回もキラーに勝ててねェだろ」
「キラーが強すぎるんだ。それにおれ剣は苦手なんだって」
「じゃあ何が得意なんだ?拳もダメ、剣もダメ槍もダメだったろ」

パキ、と指を鳴らしたキッドに身震いさせ横に立つキラーの陰に隠れた。そんなことをすればかえって「逃げんじゃねェ!」と怒鳴られるだけなのに、いつもこうだ。

「キッド怖い。なんで怒るんだよぉ」
「そのくせおれにばっか泣きついてきやがって」
「それはそうだよ」
「ア゙!?」
「キッドは怖いくらい強いから、おれがどんなでかいやつに絡まれたって必ず助けてくれるだろ」
「……」
「今日も来てくれたし、いつもありがとうなぁ」
「……礼を言うくらいなら、テメェでどうにかできるようにしてみろッ!」
「うわぁ痛い!」


   ***

「まぁ、子供の時分ではあの特技は見抜けないな」
「あのグズ、ようやく役に立ちやがった」

敵船に乗り移るより早く、相手の海賊が海へ落ち甲板に落ちと被害を受けているのはこちらの狙撃手であるによるものだ。敵からの砲撃を確認し、キッドがの名前を呼んだのと同時にマストへ上り肩に担いだ銃を構える。おかげでこちらは船への損害をゼロに抑え制圧することに成功した。

「お前にしてはよくやった」
「本当に!?」
「ア?」
「じゃあこれでおれも晴れて海賊デビューだね!船長!」
「………ア゙?」
「いやぁ!今までは幼少期からの付き合いって言うお情けで船に置いてもらってたろ?今日からはちゃんと!いちクルーとして働くんで!よろしくな!」

あぁ、敬語にした方がいいだろうか、などと言いながら口をふさぐはキッドが肩を震わせていることにも気付かず笑顔で向き直る。

「俺、頑張りますから!船長!」
「………上等だァ……オラァッ!」
「なんで!?」

鉄を纏った腕にふっ飛ばされそのまま海に落ちたは、ようやく足手まといでなくなったのに何故また怒られたのか、思案投げ首の体たらくでいた。
しかしそれもつかの間、心地よい気温と暖かい太陽を受けてぷかぷか海に浮いたままでいたら今度はキラーが海に飛び込んできて、船に戻れと思い切り腕を引いた。

「おれはいつも二人を怒らせてばかりだなぁ」
「自覚があるならもう少し気を付けて行動しろ」
「えぇ……」

呆れながらもキラーは彼が波に流されないようの腕をしっかりつかんで無理やり船に乗せた。船上で腕を組むキッドは何もわかっていないの顔にため息をつくが、そこに少なからず安堵の意が含まれていることには、当然怒られていると思っているが気付くはずもない。

「いやあ、面目ない」
「テメェはいつもおれの神経を逆撫でしやがる」
「ごめんなァ、わがまま言って船に乗せてもらったのに」

そろそろ適当な島で降りる時かな、なんて言うから、またしても海に落とされた。

「なんで怒るんだよぉ……」


   ***

海に突き飛ばされているうちがどれほど良かったか。
開けてもらえない扉の前に立ち尽くして鼻を啜った。

「船長」

何度目の声かけか、悲しくなるので数えるのを止めたが、持ってきたスープが冷えてしまうまでずっと扉の前で待っている。

、今日はもう諦めろ」
「昨日もそう言われたよ」
「開いたところで、その冷めたもんを食わすのか?」
「……」

言われてみてはっとした。熱くしてもらったスープからは湯気がなくなり、指先も赤くなって、気付いてしまってからは針で刺すような痛みさえある。

「おれはまた船長を怒らせることをしたんだなァ……」
「さすがに今回はわかっているだろう」

キッドを怒らせることは多くても、キラーの声までこうも冷たくなることは今までに一度もなかった。それにキッドだって、いつもみたく怒鳴ってはくれない。

「いつも、何故怒らせてしまったかは教えてくれないんだ。でも今回はもう、顔すら見せてくれない」
「だろうな」
「あぁやっぱり、あの時のおれの行いは誤りだった」

『赤髪、どうか、どうか船長の未来は絶たないでください。代わりにもならないけど、おれの命でケジメとさせてはもらえないでしょうか』



キッドの部屋から出てきた船医は血で真っ赤になった水桶を片手に持ち疲れた顔をしていた。中からずっと怒号が聞こえているから大方八つ当たりをされていたのだろうと察しもつくが、包帯を変えるたびにこれでは先に船医の方が参ってしまうだろう。

「次はおれが行ってもいいかな」

キラーも味方をしてくれない今、強引な手を使わないとキッドには会えない。そのことで更にキッドを怒らせると分かっていても。

「入るよ、船長。包帯を変える時間だから」
「……なんでテメェが来やがる……ッ」
「だ、大丈夫、船医になれる程じゃなくても医療の心得はあるから」
「そうじゃねェよテメェの顔なんざ見たくねェって言ってんだッ!」
「い……っ」

驚いた。キッドに殴られて痛みを感じない事があるなんて。

「…~っ」

今は顔よりもずっと、胸が痛い。

「……ご、ごめんなさい船長……おれには船長の盾になることくらいでしか役に立てないのに、怖くて赤髪の前に立つだけの事にも時間を要した」
「……本気でそう言ってんのか」
「おれはどうしたって、船長には海賊としてこれからも自由に海を渡ってほしいんだ」
「そのためにテメェは命を捨てようとしたのか」
「勿論。そのための命だ」
「死ねッ!!!」
「うわっ」

なんで怒るんだ。

そこに自分がいるかどうかなんて、考えるまでもないくらい些細なことだった。昔からキラーとキッドの背中をみてここまで来たにとっては二人の掲げる夢と未来はいっとう輝かしくて守りたいものなのに。

「なんで怒るんだよ……」
「それが分かんねェから──」
「キッド!」
「……ッ」

振り上げられた腕と、腕があれば肘にあたるであろう位置の脇腹に腕を回して船の揺れで倒れそうになるキッドを支えた。片腕になってまだ体の重心がうまく掴めないのか、おとなしくの腕に体重を預ける姿が痛々しい。

「……クソッ」
「ねぇキッド、聞いて。おれの話聞いてよ」
「うるせェ」
「おれはね、ずっとふた──」
「うるせェ……!」
「キッド」

子供をあやすような声。傷のせいでまだ熱も下がらない熱い体に優しく触れて、俯いて目を合わせてくれないキッドと少しでも目を合わせたくて腰を折って顔を覗いた。
そうえば、いつからの方が背が高くなっていたのだろう。いつからこうして面と向かって話さなくなったんだろう。

「キッド」

昔から、名前を呼べば振り向いてくれていたのに

「キッド……」
「……なんだ、しつけェ」
「おれ、『船長の盾になる』とか言っておいて、本当は怖かったんだ。死にたいわけじゃない」
「……」
「でもそれ以上にキッドを殺されたくなかったんだ。命乞いなんておれがみっともない態度をとったことを怒ってるんだろう?」

ごめんキッド。おれが強かったら状況は変わっていたかな。真剣な声色で言うのだ。本当に、本当にわかってない。昔からずっと、近くに居ながらキッドたちの心情にはあまりに疎い。キッドの中に燻り敵意となって表れていた怒りはそんなの姿を見て少しずつ形を消していた。

「おれはこれからも二人がどんどん進んでいく背中を見続けたいんだ」
「……嘘でも」
「え?」
「嘘でも横に並んで見せる、くらい、言えねぇのか」
「えぇ?」
「お前が船に乗ったんじゃねェ。おれが乗せたんだ」
「うん」
「お前みてェな木偶の棒を一度だって盾だなんて言った覚えはねェぞ」
「そうだね」
「次死のうとしたら俺が殺す」
「どっちみち死んじゃうじゃん」

思わずふは、と声に出して笑ってしまったが怒られる事はなかった。キッドはけだるそうに体を起こしてベッドへ腰かける。それに合わせてもキッドの正面で片膝をついた。

「おれからもいい?」
「あ?」
「キッドがあまりにも無謀な事したらおれが撃ち抜くからね」
「おぉ……」
「まだまだだけど、少しでも二人の背中に近づけるよう頑張るから見捨てないでね」
「あァ」
「時々こうやって、昔みたいに“キッド”と話が出来たら嬉しいな」
「ハッ、勝手にしろ」

ゴーグルをしていないキッドはいつもより幼く見えるからか、あの頃に戻ったようで嬉しかった。とはいってもキッドやキラーからしたら勝手に距離を置いたのはの方なのだが、いかんせん会話の少ないこの面子ではこのすれ違いはそうそう解決されないだろう。

「よし!怪我が治ったらおれがフルコース作るから、食べたいもの教えてね!船長!」
「クソがッ!!」
「何で!?」



ずっと二人と一緒にいたいと願ってるんだ



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