「つまらないね」
「はぁ?」
彼は無反応で姫が突っかかる。これもまた想像通りでつまらないと深いふかーいため息をついた。またしても姫の眉間に皺がよる。
「突然この世界に飛ばされた時はあまりの異常さにさっさと死んで楽になろうと思ったけど、死ぬことすらできない世の中でさァ」
「自分の終わらせ方もわかんねぇのか?」
姫が嗤う。しかし顔は不機嫌ですと歪んでて、俺も男にならって何も反応を示さなかった。
「手っ取り早く入水自殺を試みた。『海はどこ』って聞いたら『これがこの島自慢の海だ』って観光案内された」
「は?」
「観光地とだけあって深い所まで泳ごうとすると見つかって追い付かれて連れ戻された」
「お前の運動能力は子供以下だからな!」
どれだけなじられたって不思議と心に波風立つ事はない。それがこの世への適応だと言うのなら鳥肌が止まらないな。なんて、またも冷静に考える。
「次に高所からの飛び降りを考えた。流石にビルくらいはあるだろうと思ったんだけどね」
「ビルってなんだ?」
「同じ事を言われた。電車も海列車しかないらしくてさ」
他にも思い当たる限りの自殺を試みたが、どれもうまく事が運ばず、なんとか見つけた人気のない海のなかをじゃぶじゃぶ進んでいるところを目の前の男に拾われたのだ。
「あんたは善意で助けたのかもしれないけど、俺には余計なお世話だったわけよ。だからお礼は言わないぜ」
頬杖をついて、横目に写る男の様子を伺うが残念。少しも感情の変化はなさそうだった。それどころかふんと鼻で笑ってワイングラスを傾けていた。
「善意、か。傲りだな。貴様を拾ったのはただの興味本意だ。飽きれば望み通り捨て置いてやる」
「そうか。それはなんとも悲しいな。どうせなら最後の情けで殺してくれよ。その立派な刀でさ」
「……」
彼───鷹の目はそれに対して何も言わずグラスを傾ける。いいなぁ、高そうなワイン。俺も飲みたいと言った日には幽霊姫に笑われたっけ。お子様の飲み物ではないとか。外国人から見たら日本人はひどく童顔に見えるとは聞いていたがここでもそうなってしまうとは。
「つまんねー事言ってないで甘いココアでも作ってこい!」
「はいはい。パワハラ上司の次はわがままお姫様かぁ」
「ンだとォ?」
パワハラとは何か分からなくとも悪態をつかれた事は理解したゴーストプリンセスにげしげしと蹴られながらも、大人な俺はキッチンへココアを作りに向かう。手持ちの熊の人形は少しくたびれていて、今夜こいつが寝たあとに洗ってやる予定だ。
「ミルクココアもいいけどさ、俺は久々に豆乳で飲みたいな」
「豆乳ゥ?」
「あぁ、大豆からできた液体で───」
「それは知ってる!あんな苦いもんでココアなんか作ったら不味くなるだろうがッ!」
「あぁそっちね」
止むことのない蹴りと罵声も、何故か嫌な気がしない。いや、マゾの気質があるとかではなく、そういう『キャラクター』だと分かっているからだ。と思う。何が怒らせるの原因かわからない上司よりもそういうものだと分かっているキャラクター相手のがいくらかやりやすい。そういう面ではこの世界のが暮らしやすいかもしれないな。
「それじゃあ、下で一緒にココアでも作ろうか」
「おう!」
ココア一つで機嫌を直してくれるプリンセスはこの廃城の主よりずっと、やりやすい。
***
「寝かしつけてきたよ」
「……」
「いいワインだね。俺は白の方が好きだけど、アンタのを見てると赤も美味しそう」
やはり返事はない。
まるで俺がいないかのような塩対応だが、時々目が合うから聞こえてはいるのだろう。良かった。異世界に飛ばされた俺の解像度がどうこうじゃなくて。
「最初はなんであんたが俺のこと拾ったんだろうと思ってたけど、まさかあのお姫様の子守のためとはね。まぁ確かにテレビで見てた以上に大変な子ではあるけど。でも親しみやすくていい子だよ」
「………」
「腕の傷も見てくれたんだ。自分で包帯巻くの難しくて、見かねたのか代わりに巻いてくれたんだ」
「……」
鷹の目は何も言わずその猛禽類顔負けの鋭い目を俺の腕に向け、勝手に納得したようにまたワインを呷った。
「……だからさ」
鷹の目に、ミホークにとってみれば俺など赤子の腕を捻る、それより易く殺れる存在なのだろう。だからこそこれだけ近寄っても警戒一つ見せないのだ。
「そんなに心配してくれなくても大丈夫」
「………、」
ミホークが口にワインを含んだ瞬間無理矢理口づけをし口内に残るワインを貪る。歯の裏をなぞり逃げる舌を執念深く追い回していると「っふ、」と苦しそうな息遣いが聞こえ口を離す。
「はは、ごめんよ。久々だから興奮しちゃった」
そんなことされても剣を持たないって事はつまりそうでしょ?
「君たちから見たら日本人は若く見えるだろうけど、これでも俺とっくに成人してるんだよね」
「……成程、侮れんなニホンジンとやらは」
「“ニホンジン”じゃなく俺を見てよ」
もう一回口づけしてやろうと思ったのだが目を丸くしたミホークが仰け反ってしまった為やめた。笑いがこらえ切れなかったのだ。
「もしかしてミホーク、無自覚だったの?」
異次元のコンフェッション
たったのひと押しだと思ってたのだけれど。
まぁ、時間もあるようだし。
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