海賊など元々宴だ喧嘩だの祭り好きではあるが、これほどの盛り上がりを見せるのはやはりフェスタの力あっての事だろう。下品な笑い声や粗暴な振る舞いをする海賊を横目にカクはため息をついた。こうも人が多いと真っ直ぐ歩くのさえ面倒だ。全員蹴り倒してやりたいが組織の全貌が掴めていない今、目立つわけにはいかないので露店を冷やかしながら歩いている。
「あれ、服の感じ変わってる」
イメチェン?と首を傾げる男を見てカクは本当に息が止まった。これだけ人がいれば似た人間の一人や二人とも考えたが、どうやらそれは本物らしい。何も言わないカクに笑いかけるのだ。昔から変わらない不細工な笑みで。
「………なんでお前がここに?」
「えぇ、再会して一番に言うのそれ?」
ケタケタ笑う顔を見てあの時の冷酷で失望しきった冷たい目を思い出し思わず瞳を閉じる。
そもそも何でもありの新世界で、目の前の男が本物の──昔CP9で共に過ごした──
とは限らないではないか。そう思えば何も動揺することはない。騙されたふりしていざとなったら返り討ちにしてやろう。
「ウォーターセブンの皆とさ、観光に」
「そうか」
ウォーターセブンという言葉がなんと懐かしいことか。空と同化するような海や日差しを受け眩しいくらいに輝く噴水、それにはしゃぐ子供の声や仕事に猛る男達の声。
『大嫌いなんだ』
あの時、あのアイスバーグ襲撃時に聞いた声が全てを上書きした。血濡れた床や壁うめき声をあげる同僚廊下の端にまで聞こえるような叫びをあげるパウリー赤い部屋ボロボロの社長敵を見る冷たい
の目。
「カク?」
「──なんじゃ」
「大丈夫か?体調悪そうだけど」
「まさか」
体調を崩すなんて人間みたいなこと、まさか自分がするわけがない。
「ならいいけど。あ、そうだ、カクはもう屋台寄ったか?」
「いや」
「相変わらず遊び心がないな。もし時間あるなら少し歩こう」
「は?」
「あ、任務中に持ち場を離れたらまずいか」
「いや…っ……今は待機してるだけじゃ問題ない」
「良かった」
何がいいもんか。嬉しそうに笑う顔はどうも裏はなさそうで、いや、昔から裏表ないのが欠点と言われていた男だ。きっとこの喜んだ顔も本心だろう。だからこそ不気味で、また記憶を無くしているのではと疑った。
「あっちにな、あっちに懐かしい串焼き屋があったぞ。ウォーターセブンにいた頃カクとよく食べたやつ!」
「……」
「どうした?」
「いや、あんな事があってよくそんな平然と話しかけてくるな。わしはまた記憶でも無くしているのかと──」
「忘れるかよ」
「……、」
「アイスバーグさんや、仲間達、更には街へしたお前達の行為を忘れたわけじゃない」
こんなに騒がしい島で、何故かここだけは恐ろしく静かに感じて、遠くに聞こえるパレードの音を必死に手繰り寄せていた。
「でも俺だって一応"そっち"側にいた人間だしな。お前らの行為をただ悪だと非難する気にはならないしそれに──それに、殺さないでいてくれたろ?」
「……」
「カクたちなら顔を見せることなく一瞬で首を刎ねることだってできたもんな。それを後から気付いてさ」
「随分前向きにとってくれるんじゃな」
「事実だろ?」
「知らん」
「俺は許したから、出来ればカクも許してほしいな」
「何をじゃ」
「俺のしたこと。痛かっただろ?」
そう言って
は胸に手を当てた。とぼけるな。
からの攻撃はかわすなり両腕で受けるなりして胸になど受けてはいないのだ。この数年でいいように記憶を改竄したか。
心の内で悪態をついてどれも言葉にしなかったから、
はそれを良かれと思ったのか後ろに回ってカクの背を押した。
「はいはいそれじゃあしばらくお祭りを楽しもう!フェスタやその"親玉"もそうすぐには動かんだろ!」
「……本当に分からん奴じゃ」
野生の勘か独自で動いているのか、面倒なので深入りはしないが、いまだ腑抜けに落ちたわけではないらしい。喜べばいいのか警戒すべきかも分からないが、とにかく今は
の言うとおり待つことしかできないのだ。
「仕方ない。少しばかり付き合ってやるかの」
「そうこなくっちゃ!こっち!」
「おい引っ張るな」
「そう長くはいられないんだろう?なら限られた時間はめいっぱい楽しまなきゃ!」
「その台詞を聞くのは二度目じゃな」
「そう?」
「共に西の街へ潜入したことがあったろ」
「あーあのロリコン変態政治家の護衛」
「わしらが任務を終えたあと、何故か奴のこれまでの犯行が明るみに出て、失脚したと」
「そうそう。しかもどーやら家で首吊ったらしいね」
「お前じゃろ?」
「ん?」
本当に、分からん奴じゃ。
殺しはしたくないと言いつつも必ずしも手を汚さないわけではない。自分が護った相手をその数週間後には手にかけているのだから、組織が『無能』と判断し処分したのも頷ける。
(そもそもわしは何故こいつの"死"にあれほど憤ったのか)
CP9時代よく行動を共にしたのは他の面々より分かりやすく御しやすいと考えたからだ。実際任務地では面倒な事務作業は全て丸投げできたし、その後の後始末だって気付いたら終わらせていたからそういう意味で利用しやすかった。それだけだ。だからこそ分からない。死んだと知らされたときの感情や、生きていたと知るも記憶が抜け落ちていると分かったときの感情、ここで再会したときの感情も。
わからないことだらけだ。
「カク」
「……ん」
「もぅ、お貴族様相手にしてるからって忘れちゃった?ぼんやり歩いてると当たり屋に狙われるぞ」
「そこまで呆けとらん。……腰に回した手を離せ」
「わわ、ごめん」
人混みに救われた。こんなとこ他の誰かに見られでもしたらいいお笑い種だ。
「カク、あれ食べたことあるか?」
「なんじゃ、もしやあのぐるぐるのことか」
「そ!ぐるぐるソーセージ」
「何故巻くんじゃ普通のでいいじゃろ」
「美味しいソーセージを口いっぱい含みたいって思ったことない?」
「ない」
「うそ〜」
それならばと屋台巡りに付き合わされ振り回され、流石に一息つきたいと、一際高い屋根の上で深い息を吐いた。
「はい」
「仕事中じゃ。酒は飲まん」
「そうだった」
しばらくは両手にグラスを持って首を傾けていたが、飲めないなら仕方ないと一人でグラスを空けることにした。
「『こうやってカクと一緒に安いお酒を飲むのは久しぶりだね』って言おうと思ったのに」
「ウォーマーセブンの酒場か」
「まぁあの時はカクのこと、"運動神経のいいお兄さん"としか思ってなかったけど」
「……」
「意地悪言ったか?」
「別に」
「でも、今だから言うとさ。あのとき俺、すごく安心して嬉しかったんだ」
「いつの話じゃ」
「カクがガレーラカンパニーに来てまだ数日、初めて飲みに誘った時」
覚えてないだろうけど、と笑っていたが、むしろカクの方が鮮明に覚えている自信があった。カクにとっても初めてのことだったから。
「あの日、カクが『楽しみだ』って言ってくれたのがなんかすごい、嬉しかったんだよな。もしかしたら忘れていたとはいえ心のどっかではカクのこと、覚えてたのかも」
「ふん、それで?」
「それだけ」
「は?」
「『友人と中身のない話をしながら時間を過ごす』って、仕事以外でしたことない?」
「…………もう時間じゃ」
「行くのか」
「最初から遊びに来たわけじゃない。お前と違ってな」
ファスナーを再度上まであげて、帽子を深くかぶる。時間潰しにしては贅沢な時間だったと、口にする事はしなかった。
「カク」
「……」
「『もう二度と会わないだろうけど』って行ったのにまた会えた。それがたまらなく嬉しくて。あの時は二度と会わないからと傷付けるつもりで言葉を吐いたけどさ、」
ずっと置かれたままだったグラスを掲げ、
はあのウォーターセブンで初めて見せた満面の笑みをカクに向けた。
「今度こそ、俺とカクの二人で酒を飲もう!」
「………。ふ、また、こんな偶然があればな」
変われないんだ狡い人
「俺はカクのことまだちゃんと好きだよ」
なんて、立ち去り際に聞くもんじゃない。
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