メアリーの部屋で

「確かに、まだ袖無しの頃には色々世話を焼きましたが、今は貴方の方が階級は上なんですよ」
「だからなんだ」
「だからその、傘は自分がさします」
「背の低いアンタがか」
「ぐぬぅ……」

それにしたって絵面がひどすぎやしないだろうか。葉巻を二本咥え、サングラスまでつけた大男が横に立つすらりとした“部下”に傘をさしてやるなど。

「スモーカー中将、肩が濡れています」
「気にすんな」
「いいえ、いいえ。私が気になるのです。胃に穴が開きそうだ」
「……チッ」

スモーカーの手をぐいと引いて傘を傾けしたり顔。仏の二つ名がセンゴクのものだと言うならは釈迦の名がつくのだろう。柔和な笑顔を見るたびにスモーカーはそう思っている。

「それにしても、いやはや、本当におめでとうございます。貴方は上に好かれる質ではないが素質は十分にあった。それがようやく認められて私も自分の事のように嬉しく思います」
「そうかよ」
「えぇそうです。貴方程海兵として適正を有した人間などそういません。それが一見分かりづらいのが難点だと思っていましたが…」
「…………」
「あぁすみません!今のは貴方の魅力にいち早く気付けたという、私の醜い自慢話ですので」

柔く細めた目には空の星を写したような光が灯っていて、そのなかに自分の姿も写っているのかと思うと胸の辺りが鳥肌というか、なにかぞわりとするものがあるのでスモーカーはさっと目をそらした。

「それにしても偶然ですね。こんな所で貴方に会うとは」
「あァ」
「貴方、信仰深い人間ではないでしょう」
「……」
「いいんですよ。わざわざ私に付き合って頂くなくても」

ぴしゃりぴしゃりと、花弁が濡れる音がする。スモーカーが傘を傾けるのとほぼ同時にが花束を傘の内側へ寄せた。

「ふふ、お気遣いありがとうございます」
「別に」

二人の気遣いあっての持つ花は雨露でしな垂れること無く白い花弁を堂々と広げている。ぶわりと香る強い香りにスモーカーは僅かに顔を歪めた。墓の主はこれを喜んでいるのだろうか。スモーカーがそんな事を考えている間にもは全員分の花を供え終え膝をついて手を合わせている。

「ほらよ」
「あぁ、すみません。お気遣い痛みいります」

スモーカーが差し出した腕を掴んでゆっくりと立ち上がるの両足はぎりぎりと木の軋む音を立てる。海軍学校時代に自ら志願した治験で両足が壊死したのだ。身体障害者になってもいまだ海軍にいるのは軍からの賠償だろうと影で囁やく者は多い。スモーカーも心の内でそう思っていた一人だ。の講義を受けるまでは。


『いかんせん、インプットする時間はいくらでもありますから』

そう微笑むは数多の戦術を学生達の頭に叩き込んだ。海軍学校において座学は軽視されがちだが、将来幹部になる時のために学んでくれと生徒たちの士気をあげた。

『貴方達が少しでも死なない為に。私に出来るのはこのくらいですから』

卒業式の日に会場の隅にいたは、ぽつりとスモーカーにそう零したのだ。



「スモーカー中将」
「……なんだ」
「私は貴方が誇らしくもありますが、それと同時に不安になります」
「………」
「だって貴方、あっさり死にそうなんですもん」

来るたびに増える白百合の花。そろそろ一人では持ちきれなくなるだろう。

「私は、貴方に花を手向けたくはありせんよ」

優しい言いようだがこれは、スモーカーの無茶に対して釘を刺す言い方だ。

「安心しろ。おれに墓は用意されねぇ」
「そういう事を言っているんじゃありません」

の細い腕が力なくスモーカーの肩を叩く。

「私は戦争について誰よりも詳しく知っていますが、しかし誰よりも無知なのです」
「……」
「なので偉そうな口を聞くのは憚られますがそれでも、私の説教を聞いてください」
「何だ」
「戦場を墓場にしようとは考えないでください」

風向きが変わったのか、今まで以上に白百合の香りが主張を強め辺りを泳ぎ回る。それに鼻をしかめただけだ。
だからが苦しそうな顔でスモーカーに縋る理由は何もないはずなのに。

「たとい海軍に全てを捧げた身としても、“海軍の希望”を失うのは嫌なのです」

先程肩を叩いた腕は弱々しくスモーカーの服を掴む。振り払うことは容易いが、そう出来ない理由があるとスモーカーが自覚したのはつい最近のこと。それこそ墓場まで持っていくつもりだが。

「“海軍の”か。説得するにゃあまりに弱いな」

墓があるかは分からないのだ。気付かれぬと零した言葉には柔らかい笑みを浮かべる。

「『失いたくない私の大切な人』なんて言ったら、貴方困るでしょう?」
「…は……、」
「許されるなら、手籠にしてしまいたいくらいなんですよ」





「私の醜い独占欲です」

本当に困ったように微笑むから、スモーカーは言葉に迷って何も言えず、空を仰ぐしかなかった。



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