思い出してよ弱い人
・という男の評価は、世間的に言えば『正直者』で、CP9として言えば『無能』であった。
嘘はつけないし、正義とはいえ闇であるから悪事に手は染めたくないと暗殺任務を拒んだこともある。それでも手切りにできないのはその戦闘能力の高さにあった。道力は三千を越えて四千に近く、六式・特に紙絵に関しては他の追随を許さない実力の持ち主だ。絶対に攻撃が当てられない。
『これでルッチみたいな性格じゃったら大層重宝されたろうにのう』
『穀潰しで申し訳ねぇ』
『そこまで言うとらんわい』
彼は懲罰房にいることが多かった。自身の持つ正義感に反すれば暗殺目標を逃がすような奴だ。うまく死んだように偽装されているとはいえ、それだけの事をして懲罰房で済むのだから大したものだ。自分なら一発で棺桶行きだろう。うんうん頷きながらカクはまた食事を運ぶ。以前を生かすことに反対する幹部が部下を通じて毒を盛らせてからというもの、懲罰房への食事はわざわざカクが自主的に運んでやるようになったのだ。ただの同い年のよしみじゃ、と言うが二人が親しいのは周知の事実だから聞き苦しい言い訳だ。
『今度の任務はちゃんとやれよ』
『あぁ。次は諜報だって。御配慮くださったわけよ』
『御配慮ねェ……』
辞表を出すことも許されず無理矢理働かせる男に配慮などあるものか。残飯を美味しそうに頬張る男には勿論言わないでおいたが。
その日の会話がとカクの最後の会話になってしまったと、知らされたのはニュース・クーの運ぶ新聞を読んだ時だった。
「護送途中の船で、暗殺未遂じゃと」
「……」
「暗殺は失敗。警備兵が身代わりとなり殉職、とだけ書いてあったはずよ。それがとは限らないわ」
カリファの言葉に迷いもなく否と断言する。
「映っとったわ。担架で運ばれる死体がつけていたブレスレット」
「……」
「わしらを誰一人つけず、あいつだけを使命して行ったんは最初からそれが狙いだったからじゃろうがッ!」
「落ち着けバカ野郎」
「しかし──!」
二度は言わぬと睨み付ける男の殺気に満ちた目にはカクも押し黙る。その目が自分の仮説もあながち間違いではないのだろうと思わせたが、ただの兵士が上官に異議を申し立てられる訳もない。
むしろ、あれだけ規律違反を侵してここまで生きてこられたのは奇跡だと、そう割りきるしかなかった。そうするしか、なかった。
だというのに。
「えー、アイスバーグさんから聞いてると思うがお前らにここの案内をするよう仰せつかっただ。よろしくな」
まさか潜入先で再会するなど、誰が思おうか!
「!何故ここにおるんじゃ!」
「?何故って……人には人の事情があるんだよ。さ、他に質問がなければガイドを始めていいか」
おっといけない。カクはひっそり肩を竦める。そうだ、ここには潜入任務で来ているだから知らんぷりがセオリーだ。CP9ともあろうものがつい感情的衝動に動かされた事を深く反省せねば。
…………しかし??
「おいながっ鼻ァ。ぼーとしてると置いてくぞ」
「あぁすまん。ちと景色に見とれただけじゃ」
あいつはあぁも嘘の上手い男だっただろうか。
***
「幸か不幸か、というやつだな」
閉店後のブルーノの店でグラスを呷ったカクはブルーノの不意の発言を聞き取れずなんじゃ、と聞き返していた。ブルーノはそれを言葉の意味を問われているのだと考えこう返す。
「が生きていた事はお前にとって喜ばしいことだろう。しかし記憶がない事は不幸だな」
「あぁ、成程……それならわしらに見つかった事は不幸じゃが、記憶がないのは幸いじゃろう」
「記憶がない“かもしれねぇ”だけだ。身内に甘いんじゃないのか」
ずっと黙ってショットに口をつけていたロブ・ルッチが厳かな声で会話に割り込む。いくら人払いしているとはいえ、本体が容易に口を開くのは如何なものか。
「知っとるじゃろうが、あいつは嘘をつくのが滅法下手な男じゃ。あれが演技なわけなかろう」
「おれ達に死を偽装した」
「偽装とは、それこそ決めつけじゃ。何も調べんうちからよく言うわ」
「それは手前に言ってるのか」
「ッ!」
ガタンッと二脚の椅子が勢いよく倒れ双方の拳や足が相手へと向けられたが、間にいたブルーノのドアドアの実が相手とは別方向へとゲートを開くことで衝突を防いだ。
「開店したばかりだ。壊されちゃたまらない」
「…………すまんブルーノ」
「もし記憶があるのなら、あいつは近い内にアイスバーグの元へ駆け込むだろう。まずはカリファの報告を待て」
何も言わず店を出ていくルッチを睨み付けながらカクはグラスに残った酒を一気に飲み干した。頭がカッと熱くなるのは、そのせいだ。
***
「なんかあったのか?」
「は?」
背後から近付く人の気配には気付いていたとはいえまさか気配の主がで、さらに声をかけてくるとは。握ってまだ二日しか立っていない金槌で指を叩いた。怪しまれぬよう痛がる振りをする。
「なんだか今日ピリピリしてるだろ」
誰のせいじゃと言ってしまいそうな口をきゅっと結び手渡された濡れタオルを指に巻く。何も言わないカクにまた首を傾けながら大丈夫か、と続けた。
「まぁ仕事を始めたばかりで色々戸惑うよな。わかんない事があれば俺か、パウリーさんに聞けよ。他の奴でもいいけど、忙しいとわりとキレる短気な奴が多いからな」
聞こえてるぞ、という声に笑って返す。CP9のあの冷たい建物では一度も見せたことのない、あどけない笑顔。
「…………なんじゃ、腑抜けた顔しおって」
「えぇ?」
「何も言っとらんぞ」
背中を静かに冷や汗が伝う。危ない、まさか自分が感情に流されかけるとは。ここでは新人として振る舞わねば、出会って2日目の、同業者でいなければ。
「慣れない仕事で落ち着かんだけじゃ。心配される程の事でもない」
「それもそうか。ふむ………よし、カク」
やけに快活な声に返事をしてやる気持ちにはならなかったが、やはり無視はできないから顔だけ向けた。何か意を決したらしいつり上がった眉と口の両端を持ち上げた──これもまた初めて見る──顔でカクの目をじっと見る。
「今夜呑み行こう!俺一押しの店に連れてってやる!」
「…………お、う」
情けない事だが、あまりの事に上手く返事ができなかった。ルッチたちに伝えた方がいいのか、お前の奢りなのか、酔わせたら何かボロを出すだろうか、二人で行くのか。そんな様々な事を考えていたから
「それは嬉しいのう」
吐き出した言葉が建前か本音かを考える余裕はなかった。
思い出してよ弱い人
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