僕はファミリーが大好きなんだ。
大好き、なんて言葉にすると僕の気持ちが陳腐に思えてしまう。そんな簡単な言葉に納めておくには足りないくらいに、僕の全てをファミリーに捧げている。
その言葉を聞いたとき、顔にこそ出さなかったがロシナンテはぞっとした。こういった組織において崇拝と信仰だけの人間が何より危険なことを知っているからだ。
「中でもドフィ、貴方はいっとう好きだ。何よりも大切にしたい存在だ。僕を拾って生かしてくれた。あんたが幸せの言葉とその意味を教えてくれたんだ」
「フッフッフッ!朝から熱烈な告白じゃねェか」
満更でもない笑みを浮かべ
の差し出すコートを肩に羽織る。それから流れるようにディアマンテが今日の予定を伝えながら食堂へ向かっていった。バッファローやベビー5もその後をついていき、
は彼らの背中をにこにこと見送り、くるりと踵を返す。
「お待たせコラソン!君もコートを……おや、帽子が裏返っているよ」
「……!」
いつものドジでうまく被り損ねた帽子を見て「君は器用だねぇ」と笑うのはこの男くらいだ。自然にコラソンの手を引き屈ませて、帽子の下の寝癖を整えきちんと帽子を被せる。その手があまりに優しく暖かいばかりに、警戒しつつも拒めないのだ。
「相変わらず柔らかい髪で羨ましいよ。ドフィもこうなのかな?」
「……」
知るもんか、危うく声にでそうになった。
「どうしたんだ、そんなにムッとして」
してない、と首を横に振るが
は意に介さず楽しげに笑った。
「そんなこと言ったって、僕にはお前達のことなら全部お見通しだよ」
その言葉に一瞬ヒヤリとしたがそれが嘘だと言うことはすぐにわかった。だって、本当にお見通しだと言うのなら、今こうして笑顔を向けられるはずがないのだ。自嘲気味に溢した息も「ばかにしたな」と勘違いしている。
ほらやっぱり分かってない。
今度こそ安堵の息をもらす。
***
「おかえりドフィ」
「あぁ、今帰ったぜ」
ファミリーの到着時には必ず甲板に出ている
と、当たり前のように背中を丸め
の両手が頬を包めるようにするドフラミンゴ。どれだけ血を浴びようとも顔にかかった返り血をぬぐって船へ戻るのはこのためだろう。他のファミリーもそれが当たり前であるようにドフラミンゴの後ろに並んでいる。
「グラディウスとコラソン、ローもおかえり」
もはや挨拶となったスキンシップを拒む三人にもそうやって笑顔を向ける。この平等に与えられる愛情が、ロシナンテは嫌で嫌でたまらなかった。
「全員怪我がなくて良かった!」
「
さん!何かお手伝いすることあるかしら!」
「帰って早々悪いねベビー5。でも手伝ってくれると本当に助かるよ!」
顔全体に喜色を浮かべた
がこれまた満面の笑みで喜ぶベビー5を担ぎ上げ厨房へと向かった。よくある日常的光景をファミリー達は見送って、ロシナンテは尻目に見ながら少し、苛立ちによく似た不快な気持ちを覚えた。
誤解しないでほしい、決してベビー5に嫉妬しているわけではない。むしろベビー5の身を案じてのことだ。つまり──
「今は僕と君二人きりなのに、それでも口を開いてはもらえないのかい?」
平然とこんなことを言うのだ。
「“なんのことだ”?まぁそういうことにしとこうか。ところで今日の夕飯は何がいいかな。コラソンの好きなメニューを作るから、買い出しに付き合ってくれるとありがたいんだ」
もので釣るような真似をしなくとも言われれば行くのだが。コクンと頷くと
は嬉しそうに喜色を浮かべコートを取って来ると部屋を出た。
「…………」
なんとなく胸の辺りに手を当てる。緊張のせいで鼓動が早い。側にいられると落ち着かなくなるし冷静でもいられない。どこまで知っているのか知らないが、例え僅かな疑惑だろうがドフラミンゴ達に喋られては困るから常に目が離せないのだ。
「お待たせコラソン、さぁ、外は寒い。コートを羽織っておくれ」
コラソンよりずっと低い背を必死に伸ばしてコートを着せようとするから、気を遣って背中を曲げてやる。もう大人なんだ、着せてもらわなくても構わないのだが、筆を取るのが億劫でなんとなくそのままにさせている。
「ドフィは夏島に行っているんだって。だから冷たいハーブティーを作っておこうと思うんだ。でも僕とコラソンはご覧の通り雪道を歩いているだろう?だから帰ったら一緒にホットチョコレートを飲もう。勿論これは個人の財布から出すから大丈夫だよ」
「…………」
「ん?そうだな、確かにあの子達も飲みたがるかもしれない。やはり子供達の分も用意しておこう。今日飲まなくても明日は飲みたいかもしれない。それで今日の夕飯の話なんだけれど───」
ずっと口をつぐむコラソンにニコニコと話しかけ両手に紙袋を抱えていく。荷物持ちを頼んだくせにほとんど自分で持とうとする。お前が食材を選ばずにどうするんだ要領が悪い。
奪い取るように荷物を持つとポカンと口を開けた
はそのまま声を出して笑った。
「いやぁ、ありがとうコラソン!」
「…………」
礼を言われて悪い気はしない。気分がいいからもう少し買い物に付き合ってやろう。二人で買い物に出る機会などそうないから、今日一日くらい自分の時間をくれてやっても構わないと、そう思った。
***
「…………、は は……、バカらしい………………」
走馬灯にまで出てくるのだ。いい加減認めざるを得ない。センゴク程会いたいわけではないが、ドフラミンゴファミリーの中で唯一申し訳ない気持ちがある。
「
……」
滲む視界ではこれが幻か現実かの区別もつかないが、そんなのはどちらでもいい。やっと呼べた。何度も自分に背を向けて笑うその背中に呼んでやりたかった、何度もドジをして動けなくなった時に呼んでやりたかった名前を呼べたのだ。
「やぁコラソン……いや、ロシナンテ。想像してたよりずっとステキな声だね」
「…………本、物?」
「ふふ、勿論さ。僕たちファミリーは君達を探して皆この島に来ているのだから」
その言葉とは裏腹に手を握る熱はあまりにも暖かく優しかった。もうすっかり冷えきったロシナンテの手などあまりにも冷たいだろうに、そんな手を暖めるつもりなのかゆるゆるとさすって離そうとはしない。
「僕はファミリーの皆が大好きだ。コラソン、もちろん君のことも」
「……」
「だから、君が最期まで守り通したローの事は僕に任せて。ドフィには絶対近寄らせない。内緒にしておく。最期の慈悲だ」
「…………」
「おやすみコラソン、次は素晴らしい人生が待っていますように」
天使の無欲恬淡
ローを少しでも遠くに逃がすためまだ死ぬわけにはいかないと繋ぎ止める意識の中で、死の天使はふわりと笑い、冷たくなるコラソンの頬に口付けを落とす。
名残惜しむようにゆるゆるとした手つきで繋がれた右手から熱は離れていく。
『不気味な青年』だけが、“コラソン”を看取り、涙を流した。
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