月のようで

もシュライヤと同じく賞金稼ぎであった。偶然島で会えば互いの利益のために協力し金を得た。実力も互角で金を得るために海賊を狩るのではなく、海賊を狩るために金を得ているという点も共通していた。ただ一つ異なる点は、その行為に対して抱く感情が、復讐心からくる怒りか、正義感から来る快楽かの違いだったがこの時の二人になんの影響もなかった。
そう、この時には。




「ようこそパルティアへ」
「……」

驚きのあまり声が出ないとはまさにこの事だろう。三人を迎える島民達の真ん中で一歩前に出てこちらへ笑う男をシュライヤは知っている。知っているからこそこの状況に理解が追い付かない。

どうして太陽の下に彼がいるのか。

「ここは海賊の出入りが激しい町だ。三人が住むような空き家は腐るほどある」
「実際腐ってるのもあるもんなァ!」
「おいおいやめろ、客が逃げるだろ」

野次馬に来ていた町人から飛んで来るヤジにも明るく対応して、あまつさえ肩まで組んで。

「具合悪そうだな、大丈夫か?」
「……いや」

の声にアデルが心配そうにシュライヤの顔を覗きこみ、その視線から逃げるように顔を背けた。

「なんだか皆ボロボロだし疲れたんだろ。案内するからついといで」

浮かべた笑顔は見たことのないものだった。情けなくも足が止まってしまうシュライアの背中をアデルが控えめに押すことで、なんとかボロボロの靴を前に運んだ。
紹介された部屋は三人で住むのに十分すぎる程の一軒家で、「生活が整うまでは家賃の心配はしなくていい」とまで言われる始末だ。幸福そうな顔で綻ぶ二人に合わせながらもタダより高いものはないからと警戒してしまうのは、今までの暮らしで培われてしまったものだろう。


   ***

警戒心故か、夜はなかなか寝付けなかった。子供の頃に慣れ親しんだ波のさざめきを聞きながらあてがわれた家の屋根から周囲を見渡す。さすがデッドエンドレースのゴール地点になるだけあってこの街は夜も賑やかだ。

「いい町だろ」
「……」
「そんな怖い顔するなよ、別に取って食おうなんざ思っちゃいないさ」
「……ここで何してんだ」
「島の番犬」

屋根の下にある賑わいを見つめる目は慈愛と幸福を浮かべている。昼間の様子を見ればがこの島の人達とうまくいっている事は一目瞭然だ。それなりに平和な生活をしているのだろう。そう思っていたが。

「…………」
「この血は違うよ。外から来た海賊のもんだ。西側の店に強盗へ入ったから懲らしめた」
「殺したのか」
「どうしたんだよシュライヤ、少し様子が変わったな」

ここでようやく名前を呼ばれ、思わず顔を向ける。目が合う。昔と変わらない藤色の瞳は顔に浴びる返り血とは不釣り合いな程優しかった。

「俺は昔と変わらず自分の正義のための殺しをしてるが、どうやらお前はもう違うらしい」
「…………」
「そうか、あの女の子がお前の」
「そうだ」
「良かったな」

これだけの簡素な会話を済まし、は血の匂いを漂わせながらあちこちの屋根を我が物顔で渡りどこかへ消えた。あの日のように後を追う気は、起きなかった。


   ***

どうやらこの男は昼の顔と夜の顔を使い分けているらしい。島民に混ざり魚が大量だと盛り上がる姿を遠目に見てそう思った。シュライヤといえば今まで復讐に囚われてきた自分が今後どうすればいいのかいまだに決めかねていた。

「本当は分かってるんだ。覚悟が決まってないだけ」
「は?」
「そうだろ?」

いつの間に隣に立っていたのか。さっきまで共に盛り上がっていた面々は早速新鮮な魚を味わおうと定食屋へ向かったらしい。

「さ、あいつらは取っといてくれないから早く行こうぜ」
「おれも?」
「誘いに来たんだから当然だろ」

もたもたするなよ、と前を歩く背中はあの時の薄暗い記憶と重なるのに、それでもこの明るい島に馴染んで見えるのは何故なのか。昨日だって人を殺しているのに。
人当たりのいい笑顔もシュライヤからすれば嘘のうまい作り物の顔にしか見えない。
どうして、楽しそうなフリが出来るのか。

「遅ェぞ!お、そいつは確か……」
「シュライヤだよ。いい加減覚えろボケじじぃ」
「るせぇ!」

皆がのために席を空け、礼を言いながらその輪に加わる姿にも当然違和感や偽装は感じられなかった。まるで昔から『普通』の暮らしに馴染んでいたかのように。自分たちのような日陰者には遠い暮らしに、は見事馴染んでいた。

(違うな。馴染むとか偽装とかじゃない。あれもまた)

この時食べた魚の味などほとんど覚えてはいないが、が「俺これ好きー」と言って皆から分けてもらっていたあの魚の歯応えだけは、何故か記憶に残っている。


   ***

「丁度いいとこに!よォシュライヤ、ちょっと手伝え!」
「構わねぇが、俺は程役には立てねぇぞ」
「何言ってんだ、あいつが昼の漁を手伝った回数なんてそうねェよ」

漁師は額の汗を乱暴に拭って曲げていた腰を伸ばす。しれっと告げられた事実に反応したシュライヤを見て何かを察したのか薄ら笑いを浮かべた。

「まァみんな、うっすら察してはいるんだがな。あいつは大っぴらにしたがらねぇし、きっと感謝もされたくないだろうよ」
「……そうか」
「海賊も多いこんな島だ。頭ごなしに批難するわけでもねェのにな」

その言葉をに聞かせてやりたかった。

「そうか……」

この三文字に込められた意味を漁師は理解しきれていないだろう。口より手を動かせと網を渡された後もシュライヤは晴れた気持ちで一日を終えた。




「おいおい、まだ小さい妹がいるのに夜遅く出歩いていいのか?お兄ちゃん」
「“仕事”に行くのか」
「無視かぁ」

答えを寄越さないのはお互い様だ。だがそれでも構わない。腰に隠した刃物を見ればわざわざ口に出させる必要もないのだから。

「俺も行く。また二人でやりぁ早く片付くだろ。それで───」
「いらねぇよ」

それで、俺とお前で共犯だ。
言いかけた言葉は遮られ、喉につまる。暗い夜でもその目は鋭く光ってシュライヤを離さない。これではまるで自分がターゲットのようだ。

「お前は断ち切ったんだ。もう戻ってくんなよ」
「ならお前はどうなんだ。お前だってあのナイフを捨てたらいいんじゃないのか?」

はゆるりと首を横にふる。

「俺は割り切った。どちらも嘘偽りのない俺だ。どちらかを捨てるなんてできそうもない」
「辛くならねェのか」
「今はお前がいる」
「……」
「どっちの俺も知ってるお前がいるから、辛くないよ」

随分と柔らかい笑みだ。昼間に見る笑顔と似てはいるが少し違う。その顔に、の手を引いてやることはできないのだと確信を持ってしまった。

「…………そうか」

シュライヤも、島の者も、誰も『アデル』にはなれないのか。

「なぁ、そんな顔すんなよ。俺はお前とは違って好きでこっちにいるんだから。薄々分かってんだろ?」

無遠慮に頬を撫でる指は想像よりもずっと人間らしい体温を持っていて驚いた。ゆるりと一撫でしてそのまま立ち去ろうとするの腕を、今度はシュライヤが力強く掴む。

闇夜のせいでよく見えないが、引き留められた事に驚いているらしい。

「同じだよ」
「…………?」
「お前もおれと同じ、人に頼るのが下手なタチだよ」
「……成程。あぁ、確かにそうかもな」



困ったように眉は下がっていても顔はいっとう幸福そうで。ここに来て始めてみる笑みに今度こそシュライヤははっと胸を衝かれた。



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