どうしようもなく泣き虫な男である。
しばらくは建物の屋上の隅でメソメソ泣き続ける男を見ていたがこのまま待てど泣き止む気配のない様子に嫌気がさし体をぶわりと煙に変える。
「おい」
背後から声をかけたのはせめてもの情けだ。尤も、声をかけられて振り向く男の震える肩や真っ赤に腫らした目元を見ればそんな気遣いに意味などないのだが。
「……、スモーカー君。情けないとこ見せちゃったね」
「生憎、おれがテメェを見るときは大抵その面だ」
「ありゃりゃ、格好悪いな」
無理して笑う目尻から辛うじて目に留まっていた涙がはらりとこぼれ落ちる。一度零れてしまえばそれを切欠にして次から次へと涙が零れまた泣き出してしまった。
こうなると不器用なスモーカーにはどうしたらいいのかわからない。口にくわえた二本の葉巻のせいにして言葉を紡ごうとはしないのだ。
「スモーカー君」
「なんだ」
「今だけ僕を隠しておくれよ」
「……」
返事はせず体を煙に変えて姿を消した。白煙が
の体を囲い周囲から隔離する。
それから響く空砲。
は煙のなかでまたぐずりと泣いた。
の視界部分の煙だけ厚くするくらいの技術なら、もうとっくに身に付けている。
「……僕は降格したいよ」
「…………」
「部下なんて持ちたくない。きっと皆も、こんな中佐にはついてきたくないだろうよ」
白煙の中で座り込んでいる
の言葉はきっとスモーカーに当てられた言葉ではなく、ただ心のうちが溢れただけだ。だからスモーカーが返事をすることなく建物の下に見える庭園墓地をぼんやりと眺めていてもなんら問題はないのだ。泣き虫な友人の代わりに友の可愛がっていた海兵の最期を見届けていても問題はないのだ。
「一つ伝えておくが、今回の大遠征でお前の持つ部隊は一番被害を抑えたそうだ」
「それでも部下は死んでしまった」
「一人も死者を出さないなんて無理な話だ」
「でも僕がもっと戦えていればもしかしたら彼はまだ笑っていたかもしれない」
ひしゃげた部下の首を必死に治そうとしているところを羽交い締めにして撤退させた事を恨んでいるのだろうか。真っ暗な瞳がスモーカーに向けられた。
「……奥さんは、棺のなかが空っぽだと知っているのかな」
「……」
「遺体も連れて帰ってやれなかった……」
とうとう膝を抱えてうずくまる友の横に立ちつむじに拳骨を落とす。鈍い音がしたにも関わらず
は何も言わず動かない。
「海軍コートを汚すようなことするな」
「今更だなぁ…」
いまだ乾かない目元の涙が顔をあげた瞬間に地面に落ちて、それを待っていたかのようにまた空砲がなる。
***
「失礼します、スモーカー中将にお話が」
ドフラミンゴに雪辱的敗北を喫し、クザンの助太刀により海軍の病院は運ばれた先、静かな声でスモーカーの名前を呼んだのは今ではもう“古い友人”と呼べる
・
だった。
少なくとも自分が中将になってからは一度も顔を会わせていない相手が突然現れ少なからず動揺したというのに、
自身は手元の資料から目を離さず淡々と用件を告げた。
「既に医者から聞いているでしょうが、今回複数の骨折、筋肉の損傷が見られますがどれも後遺症の残るものはないそうです。安心して養生なさってください」
「…………」
「それと、スモーカー中将が不在の間、G5の海兵達は一時的に僕の管轄で預からせて頂くことになりました。力不足ではありますが精一杯務めますので」
「なンの真似だ」
「……というと」
「テメェが、おれをただの上官としか思ってねェならそれでいい。次の発言も敬語で喋ってろ」
それ以降
は口をつぐみ、昔のように目をさ迷わせ情けない様子で手元のファイルをいじり出す。先程までの姿が虚勢であるのがよくわかるほど、見慣れた姿へと戻っている。
「
・
としては、もう散々泣いたよ。スモーカー君が敗けた事や、大怪我を負ったこと、命が助かって良かったとか」
「……」
「でも、海軍本部の
准将としては、当然の事をしたと思ってる」
落ち着きを取り戻した
の目は柔く細められ、ベッドに横たわるスモーカーを見下ろしている。
「僕も同じ事をするよ。最も、僕の場合あっさり殺されるだろうけどさ」
「……どうだか。悪魔の実も食わず准将までのしあがったんだろ」
「はは、あの戦争で席が空いただけさ。本部勤めが長いからそれで宛がわれただけだよ」
謙遜を通り越して自身を卑下する姿は変わらないが、あの頃より体の厚みも、雰囲気も変わっている事を本人は気付いているのだろうか。少なくともスモーカーには他にも数ヵ所変化した点に気付いていた。
「ん?どうしたのスモーカー君」
「ロギアなら、自分への物理攻撃は効かねェし、周囲の人間を守るのだって広範囲だ」
「………………うん」
「片手片足失う前に当然視野に入れたんだろうな」
カタリ。無機質な音が控えめに響いた病室で
は諦めたような顔で笑った。
「僕に悪魔の実なんか猫に小判だよ」
それに海に落ちた仲間を助けられなくなってしまう。
気付かれたことに開き直ったのか、金属の左腕で頬をかく。嗚呼どこまで他人主義なんだ。医療器機から機械音がなる。血圧の上昇を知らせたらしい。
は小さく肩をすくめ謝罪した。
「怒らないでくれよ。言ったろ。僕は部下を持ちたくなかったんだ」
「失いたくないからだろ」
「…………」
肯定も否定もしない玉虫色の言葉の真意を考えて一つの仮説にたどり着いた瞬間体に刺した管が抜けるのも無視して
の胸ぐらを掴む。
「テメェの命一つで何が守れるってんだ」
「それを君が言うのかい」
ぐしゃりと捕まれる襟元を一瞥し、
は静かに言葉を続ける。
「言っただろう。『僕も同じ事をするよ』と。スモーカー君だって勝てない相手に体を張って、青雉さんが来なかったら死んでたでしょ」
「……ッ」
「君の『死ぬ気で守る』気持ちと僕の『死んだとしても守りたい』気持ちになんの差もないじゃないか」
覇気を纏った手が怒りで震えるスモーカーの両腕を下げる。
驚いて見やった顔は昔と変わらず眉を下げて泣きそうな顔なのに、涙は枯れたのか、少しも流しはしなかった。
白煙を扇ぐ
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