呪いに柔く宣誓布告

本当に突然。前後の脈絡なんてあったもんじゃない。本当に、突然。抱きついてきたのだ。

「……おい、?」

かかる息は酒くさく、いつもならやれやれとか言いながら料理や酒を配り歩いている男にしては珍しいが、この状況とは結び付かない。無理矢理引き剥がそうにもこれだけがっちり抱き締められては掴みようがなかった。

「なぁこら、離れろよ」
「……こんなに近くにいて、触れられるのになぁ」

「この見えない壁はどうすれば壊せるんだろなぁ」

その言葉に一瞬にして酔いが覚めた。




と言う男はエースより一つ二つ上か、もしくは同い年──らしい。というのもまだ年端もいかぬ頃、旅先の島で両親とはぐれてしまいそれ故自分の出生についてはわからない事だらけなんだとか。

「今にしてみれば、両親は意図的に俺とはぐれたのかもな」

そんな事を笑って言えるのは、にとってはもうとっくにこの船の仲間が家族になっているからだ。エースが自分の海賊旗を畳んだばかりの頃はこのと言う男を好かなかった。自分で名乗りをあげようともせずずっとこの船で下働きをしているような男を見下していた。

「古参のくせに年功序列だとか言って新人教育を買って出るなんてとんだお人好しだな」

怒るだろうか、困るのだろうか。それともモップブラシを地面に叩きつけて去っていくか。どれでも構わない。ただの八つ当たりだ。何て言うだろうかと構えていたのに。

「エースは俺の事が気になるのか?」
「別に」

あまりにつまらない答えだ。つまらなすぎる。結果としてモップを置いたのはエースの方だった。あの後甲板の掃除は彼一人でやったのだったか。もう忘れたが、とにかくそんな感じで教育期間を終え、それっきり大して話すこともなかった相手だ。




それが何故、今、こんな。

「………………………………何の事だ」

ようやく絞り出した声は自分でも驚く程威圧的で、どこか震えていた。それでも密接した体は離れることなく、むしろこれだけ抱きすくめられてはもう足掻くことも諦めざるを得ないくらいだ。

「言わないし、聞かないよ。分かんないけど、お前、時々さぁ…………こう、一線引いてるけど、俺は…………」
「……………」
「……………」
「おい、。……寝てんのかよッ!」

あろうことか人の肩に顔を埋めてぐっすりと寝落ちしているではないか。叩き起こしてやろうと腕を振り上げた時に、の華奢な手がエースの頭に乗せられた。そのまま慣れた手つきで頭を撫でられ、動揺からエースが固まる。この行為が相手に好感を持ったときに行うものだと言うことはエースだって知ってる。知ってるだけだ。体験したことのない痺れが心臓を伝ってその手を振り払うことができない。

結局そんな異様な光景を見たイゾウが助け船を出すまで時々倒れそうになるの服を掴んでいるだけだった。


   ***

「ごめんエース。俺はお前を傷付けたかな」
「……」
「あまり覚えてはないんだけど、言うつもりもなかった事を口走った。……気がする。お前に露骨に避けられてるし」
「避けてねぇ 」
「そうか」

視界の隅に捉えたはいつも通り淡々とした様子で普段通りに見えたのだが、その実どこかしょんぼりとして見えるのはエースの主観か、相変わらず分かりづらい男だった。しかしいつもは鬱陶しいくらい真っ直ぐに目をを見てくる男が視線を下げているのだからあながちエースの考えは間違いでもないのかもしれない。

「……あのあと」
「ん?」
「お前が寝ちまったから、あの後なんて言おうとしてたのか気になって仕方ねェんだよ」

手の甲からチリ、と火花があがるのが見えて咄嗟に拳を握る。

「言わなくても分かってるんだろ」
「ハァ?」
「お前の事はお前が一番分かってるんだろ」
「鎌かけてんのか。なるほど賢いな」
「そう思われてもいいよ。早く中入ろうぜ、この季節は寒くて耐えられん」

真っ青な唇から白い息をはいて身震いすると違い、能力者であるエースには寒さなんか感じない。そんなことよりも早くその言葉の続きが聞きたかった。

「……今の俺がお前に言っても信じてもらえないだろうから、お前に、エースにきちんと言葉を受け止めてもらえるよう頑張るよ」

そう笑って流そうとする姿にムッとして距離を詰めたがは困ったフリをして笑うだけだ。部屋に入ろうとするの腕を掴んで無理矢理吐かせようとしてようやく観念したように眉を下げ口を開いた。

「俺はお前と出会えて心から良かったと思ってるよ」
「………………ッハ」
「ほらな、どうせ信じないだろ」

エースには寒さなんか感じない。それでもの冷めた言葉はとても冷たく、久々に“寒い”と思った。

「あと数年、まぁ二年後には冗談でもそんなリアクション取れなくなってるから、安心しろよ」

ホゥ、と吐き出した白い息が空気に霧散するのを見つめている隙にはドアをくぐり姿を消した。

聞かなきゃよかった。ああいう言葉は、自分の出生を思い出すただの呪いにしか感じられないのだから。





「お誕生日おめでとう、エース」
「おう!ありがとな!」
「この様子だとあん時の宣戦布告は忘れられてそうだけど」
「ん?」
「俺は、お前と出会えて心から良かったと思ってるよ」
「…………あ、~~~ッ!」

随分と待ちぼうけを食らっていたあの日の“寒い”言葉は2年経って告白となって帰って来たんだから1月1日が真冬とは思えない程に熱くなってしまった。



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