どうでもいい話だが、俺はサカズキやボルサリーノとは同期だ。同期に大将が二人もいればそりゃあ比べられたりと多少は肩身の狭い思いをするし、そのせいか他の代より離職率は高い。が、それこそ俺にはどうでもいい。あんな化け物どもと比べようなんて、海王類とクンフージュゴンの大きさを比較するようなものだ。一目でわかるものをわざわざ声に出して比較するような馬鹿の声に耳を貸してやることはない。
更に言えばそのために大して活躍しなくとも年を食えば勝手に階級をあげてもらえる素晴らしき海軍を自ら手放す気はない。
ガープさんみたく「生涯現役ッ!」などと言わないが、六十近くまで働いてあとはのんびり隠居生活に入りたいのだ。俺は。
そんな俺の人生プランを酒の席で聞いてくれるのはいつもクザンで、
「四十でやっと准将の人がそんな暮らしできるかね」
と茶々を入れてくるのだ。生意気だが聞いてくれるだけありがたい。ボルサリーノは珍しくミスを犯しガープさんに付き合わされているし、サカズキは頷き一つみせない。横に座ってるのに。
「できるさァ。俺は女遊びも派手じゃねぇし物欲もない。すでに老後貯金もある程度貯まってるんだぜ?」
「あら、意外と真面目じゃねェの」
「そうさ。俺は夢のために努力は惜しまないタイプなの。暮らしが落ち着いたらお前を俺の家に招待してやるぜ、クザン」
「あー……それは喜ぶべきなの?」
「んな!当然だバカ!」
生意気なクザンに酒を飲ませ飲まされ、何者かに起こされるまでが俺達の飲み会でのルーティンだった。
あぁあれも、俺が海軍に残る理由の一つだったのに。
「……これは何じゃ」
「見ての通り退職届だけど」
目の前の人をそんなに睨むくらい目が悪いのなら読んでやるよと封を開ければあら不思議。サカズキの持っていた葉巻が一瞬にして消し炭になったのだ!
「何故、今」
「……今だからだよ」
クザンはサカズキとの決戦で大怪我を負った上に海軍を去った。センゴクさんが元帥を退いた以上、あの席に座るのはもうこの男の他にいないだろう。
「俺、お前の元では働けないと思う。考える正義が違いすぎるんだ」
「……」
サカズキと一対一の時はいつもこうだ。無言の間が気まずい。お互い自ら口を開くタイプではないし、そもそも何を話せばいいのか分からない。きっと相性が悪いのだろう。同期と言うだけで他に接点もないから仕方がない。
「仕事中ではない今なら迂闊に襲われないだろうから言うけど、俺、お前程海賊に対して仕事熱心じやないんだよね」
「…………わしの正義と合わんやつは上に二人もいたじゃろうが」
「なに?」
モゴモゴと呪詛を唱えるサカズキ曰く、今までは上層部には元帥とクザンという二人も自分の正義に沿わない男がいてもやっていけたのだから、自分の下に一人そんな男がいようとなんら影響はない、とのこと。
…………なんだかナメられている。
「でもやっぱ俺は───」
「まだ六十にはなっちょらんじゃろうが」
「───は」
何でそれを、といいかけて止めた。飲みの席ではよくサカズキが隣にいたから酔っ払いの大きな声は嫌でも聞こえていたのかもしれない。そんな酔っ払いの戯言を持ち出すなんて、もしかしてこいつは俺を引き留めているのだろうか。親密さはともかく長い付き合いだった顔馴染みが一気に二人もいなくなるのだからこれ以上は避けたい、のかもしれない。元々数少ない同期だしな。ボルサリーノがいるけど。
「わかった。とりあえずこれは下げるけど、俺を殺さないと約束してくれよ」
「……おどれが腑抜けた事をしない限りは」
「お前にはどう見えるか知らないが、少なくとも“俺の正義”に背くことは絶対しないよ」
「なら構わん」
構わん、ねぇ。どうせ俺の“正義”とやらを認めてないくせによく言うぜ。
「あぁあ、死にたくねぇなァ」
と嘆きながら部屋をでた俺は、扉の閉まる瞬間までこちらを睨むサカズキに相当嫌われているらしいと悟ったのだ。
***
「あぁあ…死にたくねぇなァ……」
これは一年以上前にも吐いた台詞である。
意外にも、サカズキ元帥率いる海軍は思ってたより人道的だった。有給制度は残ってるし確認したところ下っ端にもきちんとした武器が渡されているらしい。海賊を根絶やしにするまで寝ずに働け!とか言い出すんじゃないかと思ったが本部の場所を変えると言った事以外大きな変化は今のところ見られない。
海賊側については知らん。インペルダウンへの投獄記録が数年前より何割か減っているところから見て dead or alive の dead の割合が増えたのだろうが、海賊だって命かけてやってることだろうから同情はしない。実際生きて捕らえたって改心するわけでもなしに、捕らえるリスクが下がる分その場で射殺してしまった方がいいとさえ思う。
───さて、ここまでの回想は何も俺が暇だからやってるわけではない。死なないために意識を繋ぎ止めているのだ。
「ケホッ」
咳き込むたびに腹の方が痛むのは肋骨が折れたからだろう。撤退命令を無視した部下に代わりに人質になる少将っていると思う?俺なんだけど。
通信が途切れる前にボルサリーノに連絡を入れたら「バカだねェ~」と呆れられた。こんな少将いくらでも替えがきくからと慰めれば先程より重い声で「馬鹿だねェ」と繰り返された。語彙がないなあいつ。
「いい加減吐けよ。誰がここの情報を漏らした?」
「殴られ過ぎて、思い出せねぇよ。そもそも聞いてどうすんだ?インペルダウンまで迎えに行くか?あぁ今じゃもう墓場かもな」
「てめぇッ!!」
「───いや、もういい」
男たちのがなり声が瞬時に静まり返る。誰かが「頭」と呼んだこの男はやはり他の雑魚とは違う。ここまで上手く裏家業を回してきただけの事はある、風格のある男だった。
「向こうでおれたちの仲間によろしくな」
「良かった。これ以上拷問されたら吐いちまうとこだった」
「よく言うぜ」
さすがに組織の頭は口八丁でどうにかならないか。懐から取り出したリボルバーの銃口が俺の腹へ当てられる。どうせなら脳天とか口内とか、一発で成仏できるところがいいのに。
「できるだけ長く、長く死を感じながら逝け」
「そしたら、俺が失血死する前に誰かが助けに来るかもね」
「ハッ、叶わぬ希望でもないよりマシか?」
人差し指が少しずつ曲げられる。
あ、リズちゃんのためにとったホテル無駄になっちまった。アリアに借りたレコード返し損ねたしそれに───
「───ゴホ……っ」
体に響く振動と熱くなる腹部に反比例するような体温。
色々やり残した事はあっても、後悔しているのは、サカズキに俺のこと嫌いだろうと、直接言い損なった事だ。
***
「俺のこと嫌いだろう」
「……なんじゃァ、いきなり」
「ほんといきなりだよなァ」
結論から言うと俺は生きていて。目を覚ました時卒倒したのは銃弾で受けた傷が痛んだからではなく脇腹に残った火傷痕のせいだ。
「おかげで女の子たちは気味悪がるし仕事でも動きづらくなっちまった」
「……『女遊びも派手じゃねぇ』んと違ったか」
「は?何でそれを……じゃなくてさ、こんな傷負わされてお前に嫌われてると思ったね」
「ほうか」
さっきまで忘れたように動きが止まっていた手がまたゆっくりと書類を捲りだす。おかげで俺がしゃべる以外無音だった部屋に多少の音が増した。
「でも嫌いなら俺を助けるわけがないよな。それも敵を一掃する機会を逃してまで」
ベラッ、と紙が折れ曲がるように強く曲げられそれ以降音が途絶えた。昔のように無言が気まずいとまでは言わないがそれでもここで流れを変えさせるわけにはいかないのでジクジク痛む腹を押さえてすっと息を吸う。
「それにほら、元帥が現場に出るなんて余程だろ」
「……」
「サカズキ」
「……」
焦げ臭いぞ、と指摘できる空気ではなく、かろうじて名前を呼べばおずおずと顔をあげられる。こっわ。チビりそうだわ。
「お前、俺のこと好きだろ」
責任とって俺の隠居生活の面倒見てねと言い終わる前に執務室は一気に室温をあげてあらゆるものが大破した。
下心に救われる
爆音に紛れて
「最初からそのつもりじゃア……ッ!」
と聞こえたが、それはまた別の機会。俺がお前の顔を真っ正面から見られる時にまた言わせよう。
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