メインディッシュが嗤う

「ドレークはもう人の味を覚えた?」
「……は?」

何の脈絡もなかったはずだ。海賊討伐任務を終え、本部へ帰還している艦隊の夜の見張りの時、いきなりそんな事を言うのだからドレークはうっかり返事をし損ねた。
これが上官相手だったらひっぱたかれてたよ、とは笑うが、そもそも我らが上官がこんな突拍子もないことを言うはずがない。お前くらいだと言えば何が面白いのかケラケラと笑う。夜の見張り台ではもう少し静かにしてもらいたいものだ。

「いやな?この間妹から手紙が来たんだけど、村の犬が熊に食い殺される事件が流行ってるって書いてあってよ。大方、ある熊が犬の味を覚えちまったんだろうってな」

の妹と言えば村一番の美女らしい。後生大事に取ってある写真を一度だけ見せてもらったが、確かに頷けるほど容姿端麗で人好きする笑顔を浮かべる女性だった。
しかし、いくら美女であろうとドレークがこの女性を好きになれないのは、以前が口にした言葉のせいだ。

『お前になら妹を任せられるのになァ。そしたら俺が死んだ後も安心だし、俺もお前と家族になれるのに』

煙草の煙と共に吐き出されたこの言葉に自分でも驚くほど感情を乱した。一体どこの部分が癪に障ったのか分からないが、ふざけるなと切り捨てて以降、が妹の話題を出すことなどなかったのに。

「その熊も可哀想だよな。山に食い物がなくなって、餓死したくないって思いで、犬の肉を食っちまって」
「今後は餓死と銃から逃げる羽目になるな」
「それもそうなんだけどさ」
「なんだ」
「一度肉の味をしめたらもう後は呪われたように肉しか食えなくなるんだって」
「……」

それでさ、と続く繰り返されるおかしな問い。

「ドレークはもう人の味を覚えた?」
「……」

またしても沈黙で返事をする。
だいたい能力が恐竜であるとは言え元は人間なのだから食べようと思うわけがないではないか。その答えを予測していたかのようにはは、とだけ笑い楽しげに遠くを見やる。

「きっと熊だってそうだったはずさ。本当に死を目前にして初めて同じ獣の肉を食おうと思ったんだよ」
「熊の話はもういい。何が言いたいんだ

自分の声に怒りが含まれているのは分かったが、かといってそれを抑えることはできそうにない。分からないフリをするなと笑うその顔に拳をぶつけてやれば怒りは収まるのか。

「熊が一度食った犬の味を忘れられなくなるのならドレーク。お前が最初に食った人間は俺がいい」
「………」
「これからどんどん強敵と戦うことになって、余裕がなくなれば手っ取り早く食いちぎる事があるかもしれないだろ。なら一番先にドレークに血の味を教えるのは俺がいい」

子供が夢を語るように、光を含んだ目を少しばかりトロンとさせてただ真っ直ぐドレークに向ける。脅かされたように心臓が跳ねるのは、一体何故だろう。

「馬鹿を言うな」
「実はわりと本気だよ」
「……ッ、だいたい、何故そういう考えに至ったんだ」

まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。くん、と目を丸くして先程まで上がっていた口角も下がり何て言おうか必死に言葉を探しているようだった。

「“初めての”って、唯一のものじゃん?」
「まぁそうだな」
「だからかな。わかる?」
「抽象的な物言いはいい加減にしてくれ」

自覚した怒りを発露するような強い口調になってしまった。

「俺さ、お前の特別になりたいんだよ」

言葉も視線も真っ直ぐすぎて、ドレークの方が顔を背けた。昔父親に怒鳴られた時のように心臓がバクバクと音を立てる。痛くて苦しいのにあの頃のように逃げたいとは思わなかった。

(むしろ、今おれが何か言わないと、こいつがどこかへ行ってしまうような気がする)

「他にも、“特別”のなりようはあるだろう」
「あるかなぁ。義兄さんはダメだったし俺達は結婚できないし、親友?曖昧すぎてウケる。それにお前、俺の事誘ってくれなかったし?」
「……何の話だ」

胸を過る嫌な予感をしらばっくれてしまったのは誤った選択肢だったらしい。ずっと何かを探るようにこちらを覗いていた目が一瞬で冷やかなものへと変わる。

「…………
「だから俺は“こっち側”に残るよ」
「……!?」

見透かされたような視線に背筋を震わせる。の目を見るといつも心臓が落ち着かなかったが、今感じているこれは今までのとは違う。この動悸は海賊船にいた頃のような───

「……
「今更誘うなよ。それって同情じゃん?」
「…………」
「こっちにいればいつかは相対するだろ。それまでは人肉食らうことなく生きてくれよ」
「……は、……随分それにこだわるんだな」

声が震えたのもバレている。
尋問相手に見せるような不気味で張り付けた笑顔を浮かべ、細めた目を向けたままゆったりと口を開いた。

「ずっとドレークの中にいたい。お前が俺を食らえば俺はお前の血肉になるし、今後お前が誰かに噛みつくたびに俺の血の味を思い出すんだ。トラウマのようにこびりついてさ」
「……随分と重いんだな」
「恨んでんだ。これくらい許せよ」

ぬるりと距離をつめてきたが、ドレークの肩に指を這わせ海軍コートを床へ落とす。
『正義』を落としてはいけないと拾い上げている間に、は姿を消していた。





どういうわけか、これが最後になるとは思えなかった。
次に会うときは海の上で、きっとあいつは「だから言ったろう」と嗤うのだ。



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